最近の絵の描き方は筋肉の模写と自分の好きな様に描くを交互にやってます。
1から始めるを模写と例えるなら、0から始めるが好きなように描くと言うことだ、
模写はテーマとするものがそこにあるからデザインやポーズなどを考えなくていいので、絵を描くためのアタリがスムーズにすすむ、
自分の好きなように描く場合、先ずはポーズを考えてアタリをとってそこにデザインを描いていくのでアタリが手間取る、
なのでこの0と1は進む速度が違う、
1はアタリをとってからの再現をするために時間を使う、0はポーズやデザインを考えるのに時間を使う。
そこに大きな時間の開きがある、謂わば壁。
どっちが楽しいのかというとどちらも楽しいですが楽しさの種類が違う、
模写の場合、アタリをとってそこから段々と描いて線を立体にしていくのが楽しい、
好きなように描く場合、最初のデザインやポーズを考える工程から楽しい、
そしてどちらも僕の頭の中で出来上がっているイメージ通りになると楽しい。
イメージとの誤差があるほど、苛まれる。
特に、好きなように描く場合にイメージしているポーズが紙に写せない時はひどい、
そういう時は昔に描いた絵を描き直して、上手くなっているのを実感すると良い気分転換になります。
おそらくそれは0と1の間、自分の昔の絵を真似て今完成に近づける作業。
昔の絵はその時にポーズやデザインが出来ていて、描き直す時描くことに集中できるので0よりはスムーズに描き進められる、
絵でお金を貰うということは、描き上げる早さも大事だと思う、
自分のイメージするものを紙に写す課程を早くすれば0と1の壁は薄くなる。
つまりイメージを強く持ってそれに値する技術がなければいけない、
それが今の僕の課題です。
1から始めるを模写と例えるなら、0から始めるが好きなように描くと言うことだ、
模写はテーマとするものがそこにあるからデザインやポーズなどを考えなくていいので、絵を描くためのアタリがスムーズにすすむ、
自分の好きなように描く場合、先ずはポーズを考えてアタリをとってそこにデザインを描いていくのでアタリが手間取る、
なのでこの0と1は進む速度が違う、
1はアタリをとってからの再現をするために時間を使う、0はポーズやデザインを考えるのに時間を使う。
そこに大きな時間の開きがある、謂わば壁。
どっちが楽しいのかというとどちらも楽しいですが楽しさの種類が違う、
模写の場合、アタリをとってそこから段々と描いて線を立体にしていくのが楽しい、
好きなように描く場合、最初のデザインやポーズを考える工程から楽しい、
そしてどちらも僕の頭の中で出来上がっているイメージ通りになると楽しい。
イメージとの誤差があるほど、苛まれる。
特に、好きなように描く場合にイメージしているポーズが紙に写せない時はひどい、
そういう時は昔に描いた絵を描き直して、上手くなっているのを実感すると良い気分転換になります。
おそらくそれは0と1の間、自分の昔の絵を真似て今完成に近づける作業。
昔の絵はその時にポーズやデザインが出来ていて、描き直す時描くことに集中できるので0よりはスムーズに描き進められる、
絵でお金を貰うということは、描き上げる早さも大事だと思う、
自分のイメージするものを紙に写す課程を早くすれば0と1の壁は薄くなる。
つまりイメージを強く持ってそれに値する技術がなければいけない、
それが今の僕の課題です。