先生との出会い(16)―「うーっ、寒い。」―(愚か者の回想四)
プールで夕方5時までバイト。それから総武線で御茶の水へ行き勉強。この決まった生活のリズムを乱す者が現れた。
Kiさんだ。あの、穴の開いたジーンズにサンダル履きで、疲れたシャツを着た人だ。
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聞けば、彼は一度昼の法律学科に入り中退したという。
年齢も数個上だった。車が好きな人でセリカGTに乗っていた。
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この当時、セリカGTといえば、知る人ぞ知る2T-Gエンジンを積んだセリカ1600GTである。ソレックスツインキャブDOHCエンジンだ。2000LBは少しあとになって発売された。同じ2T-Gエンジンを積んだものにカローラレビン、スプリンタートレノ、カリーナ1600GTがあった。ソレックスツインキャブが出す「シューシュー」という音がたまらなかった。
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帰る方向が同じだったのでKiさんは頻繁に途中駅まで送ってくれた。Kiさんの運転がかっこよかった。
当時、暴走族という言葉はなかったが、Kiさんは暴走族ではなかった。ただ、自動車が大好きな男だった。
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私は車に夢中になった。ローンを組みマル専手形でスケールの小さいカローラ30(サンマル)1200SRを買った。プールの収入はすべてローンに消えた。しかし、楽しかった。
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Kiさん、Hさん、もう一人の女性Yさん、そしてOさん、これが私が属した群だった。Hさんは私と同姓なので皆はKo君と呼んでいた。
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体育実技では剣道を履修した。KiさんもKo君も剣道を履修していた。Ko君が剣道の有段者だということを知った。
2号館の薄暗い地下に剣道場があった。普段着のまま防具を付けて叩き合った。防具も籠手もひどく臭かった。
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もう一人、別のクラスの有段者がいた。授業では相手を替えながら交互に練習をするのだがKo君や有段者君との練習のときは驚いた。目の前にあったはずの相手の竹刀が一瞬消え私の頭をヒットしていた。何度やっても同じだった。剣道の有段者とはこんなに強いのかと驚いた。プールに誘ってみたくなった。
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剣道にハマったKiさんは2号館の中庭で袋に入れたままの竹刀を振り回していた。私とKo君は長椅子にもたれ元気なKiさんを眺めていた。のどかだった。
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Kiさんは大学に来ると、何かと理由を付けてはハイライトという名の喫茶店へ私達を誘った。加わる人もいればそうでない人もいた。はじめのうち講義の無いときはいつも誘いに応じていた。
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ハイライトではあれこれ他愛のないことをよく話した。私が「将来、内閣総理大臣になりたい。」と言うと、「じゃぁ~、この大学の自治会長になれ。」と言った。そういう思考過程を辿るのかと感心した。
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講義に出ない大学生がいることを知った。はじめのうち講義に出ないことが不安でたまらなかった。しかし、何度か出ないうちにこの感覚が鈍麻していった。堕落の始まりだった。
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冬になった。講義の後、いつものように群れでドーナッツを食いに行った。当時、はやりだしたファストフード店だ。店を出ると木枯らしが吹いていた。思わず、「うーっ、寒い。」と言うとOさんが、自分がしていたケートの長い襟巻を私の首にかけてくれた。その場の勢いだったが驚いた。その襟巻は私の宝物になった。(つづく)
※「先生との出会い」はファンタジーです。実在する団体及び個人とは一切関係ありません。
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