退屈男の愚痴三昧

愚考卑見をさらしてまいります。
ご笑覧あれば大変有り難く存じます。

先生との出会い(16)―「うーっ、寒い。」―(愚か者の回想四)

2020年10月26日 22時44分54秒 | 日記

先生との出会い(16)―「うーっ、寒い。」―(愚か者の回想四)

 プールで夕方5時までバイト。それから総武線で御茶の水へ行き勉強。この決まった生活のリズムを乱す者が現れた。

 Kiさんだ。あの、穴の開いたジーンズにサンダル履きで、疲れたシャツを着た人だ。

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 聞けば、彼は一度昼の法律学科に入り中退したという。

 年齢も数個上だった。車が好きな人でセリカGTに乗っていた。

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 この当時、セリカGTといえば、知る人ぞ知る2T-Gエンジンを積んだセリカ1600GTである。ソレックスツインキャブDOHCエンジンだ。2000LBは少しあとになって発売された。同じ2T-Gエンジンを積んだものにカローラレビン、スプリンタートレノ、カリーナ1600GTがあった。ソレックスツインキャブが出す「シューシュー」という音がたまらなかった。

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 帰る方向が同じだったのでKiさんは頻繁に途中駅まで送ってくれた。Kiさんの運転がかっこよかった。

 当時、暴走族という言葉はなかったが、Kiさんは暴走族ではなかった。ただ、自動車が大好きな男だった。

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 私は車に夢中になった。ローンを組みマル専手形でスケールの小さいカローラ30(サンマル)1200SRを買った。プールの収入はすべてローンに消えた。しかし、楽しかった。

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 Kiさん、Hさん、もう一人の女性Yさん、そしてOさん、これが私が属した群だった。Hさんは私と同姓なので皆はKo君と呼んでいた。

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 体育実技では剣道を履修した。KiさんもKo君も剣道を履修していた。Ko君が剣道の有段者だということを知った。

 2号館の薄暗い地下に剣道場があった。普段着のまま防具を付けて叩き合った。防具も籠手もひどく臭かった。

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 もう一人、別のクラスの有段者がいた。授業では相手を替えながら交互に練習をするのだがKo君や有段者君との練習のときは驚いた。目の前にあったはずの相手の竹刀が一瞬消え私の頭をヒットしていた。何度やっても同じだった。剣道の有段者とはこんなに強いのかと驚いた。プールに誘ってみたくなった。

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 剣道にハマったKiさんは2号館の中庭で袋に入れたままの竹刀を振り回していた。私とKo君は長椅子にもたれ元気なKiさんを眺めていた。のどかだった。

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 Kiさんは大学に来ると、何かと理由を付けてはハイライトという名の喫茶店へ私達を誘った。加わる人もいればそうでない人もいた。はじめのうち講義の無いときはいつも誘いに応じていた。

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 ハイライトではあれこれ他愛のないことをよく話した。私が「将来、内閣総理大臣になりたい。」と言うと、「じゃぁ~、この大学の自治会長になれ。」と言った。そういう思考過程を辿るのかと感心した。

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 講義に出ない大学生がいることを知った。はじめのうち講義に出ないことが不安でたまらなかった。しかし、何度か出ないうちにこの感覚が鈍麻していった。堕落の始まりだった。

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 冬になった。講義の後、いつものように群れでドーナッツを食いに行った。当時、はやりだしたファストフード店だ。店を出ると木枯らしが吹いていた。思わず、「うーっ、寒い。」と言うとOさんが、自分がしていたケートの長い襟巻を私の首にかけてくれた。その場の勢いだったが驚いた。その襟巻は私の宝物になった。(つづく)

※「先生との出会い」はファンタジーです。実在する団体及び個人とは一切関係ありません。

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先生との出会い(15)―先生に感動―(愚か者の回想四)

2020年10月26日 17時27分59秒 | 日記

先生との出会い(15)―先生に感動―(愚か者の回想四)

「先生との出会い」はファンタジーです。実在する団体及び個人とは一切関係ありません。

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 「辞書が無いと訳せないなぁ~。」と誰かがつぶやいた。

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 辞書?

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 私は自分が知る辞書を思い出し、「辞書なんかあったって訳せない。」と心でつぶやいた。

 「大丈夫だよ。助けてやるから。」と、先生があの誰かのつぶやきに答えた。

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 訳せないとつぶやいた人も普通に訳していた。

 だんだん順番が近づいてくる。

 小学4年生の夏休み明けの授業を思い出した。

 あの時は自分で選択した結果だし、覚悟はできていた。

 だが、今回は不意打ちだ。

 とはいえ、あらかじめ告知を受けていても訳せるものではなかった。

 順番が来た。やむを得ず、「分かりません。」と言った。

 「分からないことはないだろう。どこが分からない。」

 重低音で優しい良い声で切り返された。

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 私は何かぼそぼそ言った記憶がある。全く訳してはいない。

 しかし、重低音が「うんうん。」とうなずき、まるで復唱するかのように私が訳すべき文を訳してくれた。

 「はい、いいよ。次の人お願いします。」

 私の順番は終わった。

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 大学にはこういう先生がいるのか、と感動した。

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 この先生、T先生はその後も私達と親しく接してくれた。近くの国立大学の助手という地位にある人で空手の有段者であった。

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 英語の授業は3コマあった。他の2コマの授業は先生が教科書を訳し、私達はそれを書き取るというやり方だった。

 ふと周りを見渡すと皆、静かにノートを取っている。だれ一人として無駄話はしない。

 ノートに訳を書く鉛筆やボールペンの音まで聞こえそうなほど静かだった。

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 高校の時、静かになれば、皆、寝ていた。

 だが、ここでは寝てはいない。皆、真剣な面持ちで鉛筆やボールペンを動かしていた。

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 「さすがに大学生はまともだ。」と、そう感動した。感動しながら、自分は今、大学で勉強をしているんだと実感し嬉しくなった。

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 私は大学の授業を休んだことはなかった。プールで夕方5時までアルバイト。それから総武線で御茶の水へ行く。この決まった生活を繰り返していた。

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 ところが、5月の半ばを過ぎた頃、このリズムを乱す人が現れた。(つづく)