先生との出会い(17)―引退―(愚か者の回想四)
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大学2年生の終わり頃だった。一番タワーに上がっていたとき溺者を見落とした。休憩時間直後の「魔の時間」だった。
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「魔の時間」とは休憩時間が終わった直後。あってはならないことだが、このときライフガードに気持ちの緩みが残る。
休憩時間が終わると、「休憩時間が終わった!さて、監視を始めるか!」と自分に言い聞かせる。他方、入場者は休憩時間が終わるとすぐに飛び込む。
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休憩時間は毎正時から5分間。毎正時5分前にタワーは交代する。交代後数分で休憩時間に入る。休憩時間を挟むタワーは入場者がプール内にいないので少し気が楽になる。この気の緩みが「魔の時間」をつくるのである。
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この日もそういう状況だった。休憩時間終了直後、水深を知らない利用者が一番タワーの真正面から入った。
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水泳に自信のない人は監視台近くや監視台の真正面から水に入る傾向がある。万一のとき助けてもらえると考えている、と先輩から教えてもらったことがあった。
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その通りだった。そして溺れた。しかし、私は気づかなかった。他の入場者の通報でコントロールにいたE先輩が飛び出した。
「一番の前!」コントロールのマイクが大音量で告げた。
「一番?俺のタワーだ!何だ?」状況がつかめないまま、ライフガードが次々と控室から飛び出し一番タワーの前に集まった。私は全く指示誘導すらできなかった。
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ライフガードはいつもの訓練のときと同じように動いた。E先輩の機転もあり幸い大事には至らなかった。溺者は年配者だった。足から水に入りすぐ溺れたためタワーに頭を向け足が沈んだ状態だった。全く見えなかった。
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O先輩のように、この入場者が水に入る前に気づかなければならなかった。
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この一件以来、周囲との関係が難しくなった。信頼関係が切れたのだと感じた。私は後輩からも「見落とす先輩」とみられるようになったのだと思った。
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先輩方も概ね3年間で引退している。私は浪人からなので、もうすぐ3年が経つ。退き際だと思った。
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しかし、難しいと感じていた周囲との関係はそうではなかった。ただ、私との関係が個人的にうまく行っていなかった役者崩れのFの策略だった。引退後に後輩から聞いて知った。呆れた。
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A大へ通っていた同期のWも私と一緒に引退した。引退後も私を慕ってくれる後輩は少なくなかった。嬉しかった。
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この頃、私には好きな人がいた。「好きだ」と自覚したのはずいぶん後になってからだった。
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大学生活は、理由らしい理由もなく選んだ第二外国語のドイツ語と英語に大変苦労する毎日だった。(つづく)
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※「先生との出会い」はファンタジーです。実在する団体及び個人とは一切関係ありません。