クレジットを見るまではまったく気づかなかったのだが、優しくて誠実なお父さんの昔の恋人(回想シーンの衣装は“クーリンチェ少年殺人事件”へのオマージュだろうか)で、現在はヤクザの女房におさまっている金持奥様を、門脇麦が演じている。バブルにわいていた1989年の台湾が舞台のため当然中国系女優さんが演じているものとの先入観が勝手に働いたせいかもしれない。老けメイクもバッチリ決まっていて、雨中のわけありキスシーンもなかなか堂にいっていた。NHK「あてなよる」で半分酔っぱらいながら、酒とおかずのマリアージュについて鋭いコメントを連発していた飾り気のないキャラとは大違い。河合優実とともに今後の活躍を期待できそうな若手女優さんである。
さて映画である。飲食店の雇われ店長をしながら慎ましい生活をしている父さんと一人息子のリャオジュ11歳。時は台湾バブル真っ盛り、借り店舗が軒を連ねる住民たちの中にも、投資で大儲けしている連中もチラホラ。しかし、奥さんが死んでからいくつもの内職をこなしながら雇われ店長をしている父さんは、バカがつくぐらいの正直者だ。大家の“古狐狸”ことシャはそんな父さんを“負け組”と呼んでバカにするけれど、家賃の取り立てにくる美人のお姉さんや食堂に一人でやってくる門脇麦演じる有閑マダムには、なぜかモテモテなのである。
エドワード・ヤンの『恋愛時代』でも、金か情かで選択を迫られる台湾の若者たちが描かれていたが、侯孝賢が台湾映画の未来を託したといわれるシャオ・ヤーチュエ監督による本作でも、同じようなテーマが語られている。つまり父さんのような“人の気持ちを思いやれる人=情の人”かシャのように“人の気持ちを平気で無視することができる=金の人”か。どちらにあなたはなりたいですか、と映画はどストレートに我々に問いかけているのである。おそらく台湾の人々がシャのような拝金主義に陥れば、いまやバブルがはじけ崩壊寸前の中国に引きずりこまれ、台湾は国としての輪郭を(ウクライナのように)将来確実に失っていくことだろう。
他人の気持ちを我がことのように思いやれる“情”があってこそ人であり、ジェフ・ベゾスやビル・ゲイツのように金はあっても、世のため人のためにそれを使うような努力の痕跡が見えない超富豪には、(美人ちゃんから心底愛されたり)人々の尊敬を集めることなどけっしてありえないだろう。守銭奴は所詮守銭奴なのである。この度、トランプ政権入りしたイーロン・マスクが、はたしてどちら側の人間なのか判断することはいまの段階では早計だ。他人の気持ちを思いやれる人々が守銭奴たちに利用されパージされる時代が終わりを告げ、新しい時代の幕開けとなるのだろうか。もうしばらくは時間がかかりそうな気がするのだが。
オールドフォックス 11歳の選択
監督 シャオ・ヤーチュエ(2023年)
オススメ度[]