この度息子さんがめでたく監督デビューしたジャファル・パナヒ。血は濃しというべきか、ジャファルの直近作も息子さん同様“密出国”がテーマになっている。度重なる干ばつの影響ですっかり農業がダメになってしまった国境近くの廃れた村で、お隣トルコで撮影中の劇中劇(こちらも密出国ネタ)をその村から遠隔操作で指揮をとるパナヒ(本人)だったが、村のしきたりに触れる写真を撮ったと疑われた監督は、ある騒動に巻き込まれる。
Wikipediaで調べると直ぐにわかるのだがこのジャファル・パナヒ、保守的なイラン政府と西側リベラル諸国との政争に長らく利用されてきた経緯があり、イラン政府から海外渡航禁止の御触れも出されている要注意人物。ゆえに“ジャファル・パナヒがトルコ国境付近の村に滞在している”と噂になっただけでもかなりヤバイ状況なのだ。本作は、その自分が置かれた負の状況を、師匠であるアッバス・キアロスタミよろしく逆手にとったブラックコメディなのであろう。
劇中劇が実際トルコの街中で撮影されていることから察するに、主演の男優や女優が撮影中カメラ目線で監督に噛みついたり、密出国できない男のために女優が○○をはかったりするエピソードは、すべて現実と虚構の境界を曖昧にして真実を明らかにしようとする、これまたキアロスタミ譲りの“メタ演出”であろう。「〔熊は〕いるもんか 俺たちを怖がらせる作り話さ 怖がらせて力を得る者がいる」この村民の言うとおり、バイデン政権時のアメリカ-メキシコ国境なみに国境警備はユルユルなのかもしれない。
じゃあ、駆け落ちしようと国境突破をはかった若いカップルはなぜ射殺されたのだろう?自分はいとも簡単に国境に近づけたのに。そういえば、お世話係のガンバールに任せた撮影中、カメラが回ってないと思った村民が俺のことをスパイと疑っていたな?そして愛想のいい村長が言ってたっけ、この村の主要産業は、農業ではなく密出国業だって。そしてジャファル・パナヒは、道端で三菱パジェロを停めて考えはじめるのである。当初から俺は、密出国目当てで村に長逗留していると思われていたのではないか。
ところが、助監督が金をしかるべき組織に渡してあるにも関わらず、国境を実際に跨いだジャファルは怖気づいて、元の村へと戻っていくのである。これは怪しい、パナヒが村で撮りためた写真を確認しなくては、俺たちがひどい目に合わされる。そこで急遽でっちあげたのが、へその緒のちぎり事件だったのだろう。目付きの悪い男の言いつけ通りジャファルの行動を逐一見張っていたガンバールに急かされるように、密出国の意志がないジャファルは村から追い出されたにちがいない。
イラン政府の保守的な圧政を揶揄する映画を撮り続けてきた監督だが、いまやそれを上手く利用して(腐敗した政府組織と共謀して?)悪銭を稼いでいるギャングがこんな辺境の村にまで進出している現状に、がく然とするジャファルであった。
熊は、いない
監督 ジャファル・パナヒ(2022年)
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