ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いオヤジの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

ミュージック・ボックス

2022年12月26日 | なつかシネマ篇


単純なホロコースト映画にはなっていない、法廷ドラマの秀作である。ハンガリー移民の父親マイク(アーミン・ミューター・スタール)がハンガリーの警官時代にユダヤ人虐殺に加担していたかどうかを争点に、アメリカ政府から派遣された検事(フレデリック・フォレスト)と丁々発止のやりとりをする女弁護士アン(ジェシカ・ラング)の心の葛藤を描いている。

『郵便配達は2度ベルを鳴らす』では官能女優としてそのグラマラスな肢体を観客に見せつけていたが、年齢を重ねてからは演技派へと見事に転身を果たしたラング。本作でも元“失十字”特務員としての嫌疑がかけられた父親マイクのため弁護を引き受ける、キレキレのシングルマザー弁護士アンを貫禄たっぷりに演じている。

アンが別れた元夫の父親(ドナルド・モファット)も実はやり手の弁護士で、マイクことミシュカに不利な証拠が出てくるたびに助け船を出す重要な役割を担っている。どうも米ソ冷戦真っ只中の時代には、共産主義の拡大を封じ込めるべく元ナチス隊員を有効活用したこともある元CIA局員だったらしく、“蛇の道”に通じた人物なのである。

農民としてハンガリーから渡米してきたマイクだったが、反共産主義者としての言動が表沙汰になったこともあり、アンの知らないところであったかもしれない政治的裏取引についてもうっすらと言及されているのである。ユダヤ人の生き証人の証言によって残虐行為が次々に明らかにされる中、孫に普段優しく接しているマイクとミシュカと呼ばれる残酷非道な男が同一人物としてあぶり出されていくのである。

ラストにある決定的な証拠が出現するのだが、その結末をすでに予告しているかのような設定が主人公アンに対しては既になされているのである。公判前日に検事をレストランに呼び出し過去の運転事故を持ち出して揺さぶりをかけたり、共産主義者でもある証人たちの資質を疑ったり、はては公文書偽造技術をハンガリー政府が欲しがっていた事実をすっぱぬいたり、やることなすことかなりエグいのである。

そんな父親ゆずりのアンがマイク=ミシュカの動かぬ証拠を入手し父親を告発、大切な一人息子を元失十字特務員から遠ざけようとしたこと自体、かつてマイクがミシュカの名前を捨て渡米の際に自分の家族を守ろうとした過去と、見事に重なるのである。ハンガリーを訪れた際にドナウ川に立ち寄ったアンが見たものは....血で赤く染まった川面に映った、家族想いの父ミシュカの血を受け継いだ自分自身の姿だったのかもしれない。

ミュージック・ボックス
監督 コスタ・ガブラス(1989年)
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