ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いオヤジの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

別離

2020年05月02日 | ネタバレなし批評篇

『彼女が消えた浜辺』を劇場で見た時にも感じたのだが、イラン国籍の監督でありながらきわめてユーロ映画っぽい作品を撮るアスガー・ファハルディー。同じイランの巨匠アッバス・キアロスタミが撮った作品なんぞは、フィルムから砂漠の土埃とスパイスの入り交じった臭いが自然と立ち上ってくるのだが、ファハルディーの作風は妙にソフィスティケイトされていてどこか都会的、要するにらしくないのである。おそらく海外のマーケット(特にEU)をかなり意識して撮られた1本だろう。

監督曰く“探偵の出てこない探偵映画”だそうで、観客も登場人物の一員になって映画に参加してほしいというインタビューの応答どおり、観客が非常に感情移入しやすいキャラクター設定になっている。要介護の父親をかかえる銀行員のナデル、一人娘テルメーのため海外移住を希望する美人奥さんシミン。家を出ていったシミンの代わりに介護ヘルパーでやってきたラジエー。その旦那ホッジャドは借金とりにおわれ現在無職、精神的傷害を患っている。

イランにおける離婚、裁判、介護、教育、そして宗教。中流家庭に起きたある事件をきっかけにして、それら国内制度の問題点が浮き彫りになってくるシナリオは確かに完成度が高く、引き込まれる魅力がある。特にイランの因習に頑固なまでにこだわるナデルと、何かというとすぐに聖職者に電話をいれて判断を仰ぐラジエーがついた“嘘”がきっかけで2つの家族が崩壊していくさまは、コ口ナ(ここで言う?)で家に閉じ込められ、DVが横行している日本の家族と通ていするものがあるだろう。

だがここで皆さんに注意していただきたいのが、嘘をついた人物はイスラムの教えにこだわる2人であり、海外移住を希望している美人奥様シミンはあえて除かれているという点である。シミンを演じたレイラ・ハタミという女優さん自身もスイスで教育を受けたという出戻り組らしく、激昂するナデルやホッジャド、ラジエーの間に入って一人冷静沈着な対応をとるのである。何を言いたいのかというと…(本当に聞きたいですか?それなら言っちゃいますね)この映画の謎解きを試みることによって、観客がイランにおける諸制度の矛盾点に気がつくという結構ヤバイ構成になっているのである。

夫の同意がなければ離婚できない不平等な結婚制度、弁護士も立てずに双方から事情聴取するだけの穴だらけの裁判制度、ストールを巻いてるせいで妊娠中かどうかもはっきりとはわからない。粗相している認知老人の着替えすら宗教上の理由で手伝えない。示談金を素直に受けとれば丸くおさまるものを、バチがあたると話をまた元に蒸し返す非合理性。結果、一番の迷惑を被るのがめがね少女テルメーちゃんという、実にあざといシナリオなのだ。

現在はアメリカの経済制裁によって苦境にたたされているイラン経済ではあるが、石油輸出等のパイプはEU、とくにドイツとのつながりが太いと聞いている。そんな西側EUの視点にたってイラン内政の問題をあぶり出した本作が、ベルリン国際映画祭にて金熊賞をとったという事実に、コ口ナ(まだ言うか?)の影響で疑り深くなっているおじさんは、ついつい生臭さを感じてしまうのである。

別離
アスガー・ファハルディー(2011年)
[オススメ度 ]


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