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友人の影響で私がロックを聴き始めた時、ラジオのFMでクイーンの「地獄へ道づれ」がよくかかっていた。70年代の熱狂が峠をこしロックの終わりがそろそろ見えてきた頃で、かすかな燃えかすを探してはその残り香を貪るように嗅いでいた、そんな時代だった。好きなバンドは?と聞かれると、ハードロック派ならレッド・ツェッペリン、ロックンロール派ならローリング・ストーンズ、パンク派ならクラッシュかセックス・ピストルズで、私の場合(本当はポリスやプリテンダースなどのちゃらい系が好きだったのだが)格好をつけて「キング・クリムゾン」と答えるようにしていた。そこで「クイーン」と堂々と答える人はいなかったように記憶している。わかりやすいメロディラインとコーラス、出っ歯とオールバックが死んだ親父と少し似ていて、タンクトップと口髭がいかにもクルージング風。要するに(自分の中では)イケてなかったのである。フレディ・マーキュリーが(以前から噂があった)エイズで死んだときは「やっぱりね」と小声で噂しあったものだ。私にとっての“クイーン”はその程度の存在だった。
さて映画である。ロジャー・テイラーとブライアン・メイの学生バンドからボーカルが抜けた穴埋めに起用されたインド移民の子供ファルーク・バルサラ、ベーシストのジョン・ディーコンも加わって伝説のバンド“クイーン”が誕生する。パキ野郎と差別されていたファルークはフレディ・マーキュリーと改名し、アレヨアレヨとスターダムを駆け登っていく。フレディのバイオグラフィを時系列に並べ、そこに聞き覚えのあるヒットメドレーを重ねた伝記映画である。途中降板したブライアン・シンガーらしい演出はほぼ皆無といってもよく、クライマックスは偽善を絵に描いたような85年のライヴ・エイド だ。どちらかというとプリンス似のエジプト移民俳優ラミ・マレックが口パクでフレディの動きを完全コピーしてはいたが、どこかコロッケのモノマネを見ているようで正直鳥肌がたたなかった。Newsweekの担当記者が(映画がカット割までマネた)YOUTUBEで実物を観た方が感動すると書いていたが、まったくその通り。
しかしこの映画クイーンをリアルタイムで聴いたことがない層にすこぶる評判がよろしいとか。亡くなってから30年近く立ったロックスターの人生に、なぜにわかファンがこうも狂喜したがるのだろう。最近のハリウッドでは、IT長者に続いてファッション・デザイナー→料理人→ロックスターという移民やゲイが多い業界人の伝記映画ばやりだが、その流れも所詮トランプが大統領を辞めるまでのお話で、そこには“愛”のかけらもないというのに。音楽には寿命がないと言うけれど、時代に対する一種革命でもあったロックは、やはりその時代とともに終わるべきムーブメントなのだ。やすらかな眠りについた死者の墓をわざわざ暴いてから騒ぎするよりも、FUJIROCKで本物のライヴに浸った方がよっぽど健全である。
ボヘミアン・ラプソディ
監督 ブライアン・シンガー(2018年)
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