ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いオヤジの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

2024年08月07日 | 映画評じゃないけど篇


トランプなのかハリスなのか。現在アメリカで起きている分断は、一昔前のイデオロギーだけでは測れない複雑性を帯びている。クリントン、ブッシュ、オバマ、バイデン、そしてカマラ・ハリス...党派は違えど彼等を推しているのは、すべてお高くとまったネオリバタリアンのエリート達であり、その彼らをアメリカのインサイダーとするならば、本書に綴られてるのはそこからはじき出されたアウトサイダーたちの哀歌である。

要するに右か左かではなく、貧富格差による階級闘争として見ないと理解できない社会問題なのである。今般トランプ側の副大統領候補として一躍注目を浴びているJ.D.ヴァンスの半生を、みずから綴った嘘偽りのないドキュメンタリーだ。祖母がケンタッキーのジャクソンから駆け落ち同前で逃げ込んできた町オハイオのミドルタウンで産まれ育ったヴァンスは、そこで壮絶な少年時代を送る。日本の川鉄と合併して生き延びたAKスチール(旧アームコ)以外産業らしい産業が何もない寂れきった町である。

看護師の母親は始終男をとっかえひっかえ、重度の麻薬依存症で、病院の身体検査の日には息子に新鮮な尿をねだるメンヘラママである。母親に襲われ命の危険を感じては祖母宅に逃げ込んでいたとうヴァンスは、そこで生きていく上で必要な基本的精神を学ぶ。家族の誰かが誹謗中傷を受けたら暴力も厭わないスコッツ=アイリッシュ魂を植え付けられるのだ。祖父は極度のアル中のため祖母とは別居しており、同居中は酔っ払って寝ているところを祖母がライターで焼き殺そうとしたこともあったのだとか?!

安定とは程遠い殺伐とした家庭環境で育ったヴァンスは、一時は不登校になり成績も最悪だった時もあったらしいのだが、教育熱心な祖母の励ましもあり、オハイオ州立大学から4年間の海兵隊生活をへて、超名門イェール・ロー・スクールを卒業、上位1%といわれるエリートの仲間入りを果たすのである。トップクラスの弁護士事務所にも内定が決まりアメリカン・ドリームをエンジョイするのかと思いきや、故郷ミドルタウンにのこしてきた家族のこと、そして注射器をうったまま路駐した車の中で眠りこけるヒルビリーたちのことがどうしても忘れられない。

完璧な学歴とアクセントの持ち主で、現在の能力主義は自分のために存在するという自信に満ちているバラク・オバマに、ヒルビリーたちは恐怖心さえ抱いているという。オバマはスーツを着て仕事をするが、俺たちヒルビリーはよくてオーバーオール、ミシェル夫人の食べ物に関する注意喚起は正論ゆえに大嫌いなのだとか。オバマがイスラム教徒だといまだに信じているヒルビリーがほとんどだという。つまりオバマはインサイダーで、ヒルビリーはアウトサイダー、お互い別世界の人間として見なしているのだ。

じゃあどうやったら人生諦めきっているこのヒルビリーたちを救えるのか。魔法のような公共施策は存在しない。信仰や家族、文化が絡んでいるだけに、ルービックキューブのような誰でも考えつくような単純な問題ではないらしいのだ。最近になってトランプが“危険なリベラル過激派”という言葉を使い出したが、BLM運動家などにはネオリバタリアンから資金が出ているらしく、ヒルビリーたちの保守的運動を弾圧するための上からのポグロムなのだとか。あくまでも既得権利益を死守しようとする連中から支援を受けた嫌がらせが、現在のアメリカ中で横行しているという。

当然日本では、リベラルのバイアスがかかったアメリカの情報しか報道されないため、ヒルビリー=野蛮きわまりない無教養の連中というイメージが浸透しているに違いない。確かに、自宅に土足で踏み込もうものならライフルをぶっぱなすような危ない人たちではあるけれど、スマホやネットのやり取りをこっそり傍受するような陰険な連中よりはまだ信用がおけると思うのである。そんな確証バイアスがかかっていない素顔のヒルビリーを知る上でも、今読んでおいて損のない一冊といえるだろう。

ヒルビリー・エレジー
アメリカの繁栄から取り残された白人たち
著者 J.D.ヴァンス(文社)
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