昨年、旅仲間と防衛省が建つ、市ヶ谷台に行ってきました。
さっそく、見学ツアーにネットから事前予約して、
お隣りに建つ「ホテル グランドヒル市ヶ谷」に集合です。
当時の市ヶ谷台に建つ、一号館(統合幕僚学校・陸、海、空幹部学校・東部方面総監)
市ヶ谷台に防衛庁(防衛省)が移転するため発掘がはじまりました。
正門に向かう坂道
江戸時代には、御三家である「尾張徳川藩上屋敷」があった所です。
市ヶ谷台とは、東京都新宿区の市ヶ谷駅西方にある台地の通称です。
市ヶ谷台は、江戸・東京の防衛の要として、
江戸から現在まで重要な防衛施設が置かれていました。
「陸軍士官学校」が市ヶ谷にあった頃には、
陸軍士官学校を指して「市ヶ谷台」と言い、
陸軍軍人の事を「市ヶ谷台上の人」と呼んでいたそうです。
見学ツアーで見られる場所は、
「極東国際軍事裁判(東京裁判)」の法廷となった
大講堂を移設・復元した「市ヶ谷記念館」を見られます。
月曜日から金曜日までの午前・午後各1回の定時見学となっています。
案内は、派遣された赤いコートの方が行います。
防衛省が、六本木から市ヶ谷に移ってきたのは、平成12年(2000年)です。
午前の受付時間(9時10分~9時20分)までに集合します。
見学時間(9時30分~11時45分)、正門 → 儀仗広場(西側) →
市ヶ谷記念館 → 屋外ヘリ展示場 → 厚生棟(1階で見学・休憩) →
メモリアルゾーン → 儀仗広場(東側) → 正門に帰ってきます。(2時間15分)
午後は、13時30分から、正門 → 儀仗広場(西側) → 市ヶ谷記念館 →
屋外ヘリ展示場 → 厚生棟(広報展示室(※注)→1階で見学・休憩) →
儀仗広場(東側) → 正門(2時間10分)
旧軍が戦時中、築山に建つ「石燈籠」の芯が地下防空壕の通風筒となっています。
【庁舎A棟】
4つの幕僚監部が入っています。
儀仗広場は、皇族や国賓などが、防衛省を公式に訪問、視察する時に、
警衛、敬意を表するための儀仗(ぎじょう)が行われる場所です。
ここでは、儀仗の説明や庁舎A棟などの庁舎を外観から案内してくれます。
【市ヶ谷記念館】
本来3階建てでしたが、2階建てにして移築されました。
庁舎A棟の建設に伴って、解体された1号館の象徴的な部分を
可能な限り現部材を利用して移設・復元されたそうです。
館内では、大東亜戦争終了後、連合国11カ国による極東国際軍事裁判(東京裁判)
の法廷として使われた大講堂で、日本軍戦争指導者達が裁かれた所です。
壇上に上がるための階段は重厚です。
壇上のステージは、寄せ木で作られたような豪華そのものです。
旧陸軍大臣室や陛下の休憩所であった「旧便殿の間」を案内してくれます。
天皇陛下が座られる「玉座」も壇上の奥にあります。
【屋外ヘリ展示場】
屋外ヘリ展示場は、陸上自衛隊で実際に使用されていた「多用途ヘリUH-1H」
(ひよどり)を展示しています。
午前の見学では、ヘリの操縦席に座っての記念撮影ができます。
【厚生棟】
厚生棟は、職員の福利厚生の場で、中には食堂、売店、体育館、図書室、医務室、
や保育園などがあります。
厚生棟では、休憩の時間となっているので売店の見学が可能です。
【メモリアルゾーン】
ここは、市ヶ谷地区内に点在していた記念碑などを集約して配置した場所です。
警察予備隊創設以来、職務に殉ぜられた隊員の功績を永久に顕彰し、
深甚なる敬意と哀悼の意を捧げる「自衛隊殉職者慰霊碑」の案内をしてくれます。
【広報展示室】
広報展示室は、シアタールーム、各自衛隊等の展示コーナーおよびパソコンによる広報コーナーがあります。
案内先は、規制があるので、精巧に作られた模型で、敷地の広さが分かります。
昭和58年頃に、四ツ谷駅から市ヶ谷駐屯地方向を描いた油絵「市ヶ谷鉄塔 1983 夏」。
左の「カウベル」は、当時の雪印乳業本社ビルのモニュメントです。
今は雪印メグミルクの雪の結晶のマークとなっています。
〔現在恵比寿、目黒基地 航空自衛隊幹部学校 学生隊舎に掲示〕
※受付時には、本人確認を行います。忘れるとツアーへの参加はできないとのこと。手荷物を預かるロッカーもありませんでした。
皆さんとこのあとは、神田に移動して「東園」でお昼。
今回の企画はどうだったでしょうか。晴れてて良かったですね。
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