家族の絆の物語。主人公の家族は4人、夫は建築家の相沢孝之、妻は専業主婦の貴美子、長女中学生の美加、長男小学生の康文。孝之の父は30年以上前に、駆け落ちして家族を捨て、今は行方知れず。孝之は無責任な父を深く恨んでいるが、自分を育ててくれた母に感謝し、今住んでいる家は老人が暮らしやすく、家族も安心できるバリアフリーの住みやすい家として、自分で設計し施工にも気を配った。しかし物語のスタートは家族に暗雲が立ち込める。
康文が交通事故で車にはねられ、怪我はしていないが頭を強打、意識不明になり入院。車ではねたのは料理人の高城。事故の日に新規開店する自分の店の契約に向かう道すがらのことだった。貴美子は高城に食って掛かり、美加も可愛がっていた弟の入院を深く悲しむ。高城は誠心誠意、なんとか家族の許しを得たいと毎日のように入院先に顔を出す。
美加は今はいなくなった祖父のことでクラスでいじめにあい始め学校が嫌になる。貴美子は仕事が忙しい夫少々うんざり気味で、スポーツジムで知り合った圭一に心を引かれ始めている。孝之は臨時講師で教えていた大学院生の女性と深い仲になり始めていた矢先の事故だった。
孝之の怪しい素振りに浮気を直感した貴美子、康文の事故が引き金になるように、家族が崩壊してしまうと危機感を持つ。そんな家族の暮らす家に現れたのは老人男性の「川口さん」。川口で見つかったからそう呼ばれているらしいが、近所のグループホームで最近保護し始めた引取人不在の行方不明者だった。川口さんには認知症の症状があり、口がきけないが、なぜか相沢家の家に現れてはグループホーム職員の山岸さんに連れ戻されていく。
美加がクラスメイトにいじめられている時、急に川口さんが現れて、何も話はしないがクラスメイトも気味悪がって美加は助けられる。美加はそんな川口さんに親近感を持つが、祖父の顔も知らないし川口さんの正体も分からない。美加は貴美子に川口さんを一度家に連れてくることを提案。山岸さんに相談すると、引取人がいない人だけど、認知症と記憶回復の手がかりになるかもと、是非お願いしますとのこと。孝之は、誰とも知れない老人を連れてくることに抵抗を感じるが、美加の頼みだからと老人訪問を許す。
訪問してきた老人は料理が得意だった。一度、買い物からお願いしてみてはどうかと美加は貴美子に頼み込む。祖父の話は聞いていたが顔は写真も見たこともない貴美子だったが、老人にはなぜか親近感を抱いていた。孝之は貴美子と美加が知らない老人を家に入れて、料理まで作らせると言い出したことに違和感を抱くが、ひょっとしたら、という直感と拒否感を同時に感じる。
康弘は意識不明のまま入院を続けるが、美加は康弘は必ず回復すると確信している。なぜかといえば川口さんは康弘の生まれ変わりだと信じ始めたから。そう思い始めてからは、祖父が帰ってきたと思えるし、クラスでもそういう説明をすることでいじめもなくなった。貴美子も、自分の心の迷いが家族の崩壊を招くところだったと改心、美加の言う話を信じて見ようと思い始める。川口さんの料理は和食で手が込んでいた。これは本物だと貴美子は思う。料理を口にした孝之も同感、美加はそもそも川口さんは康弘の生まれ変わりだと信じていて、康弘が回復したら料理人になるという信念さえ芽生え始めている。出汁のとり方、野菜の調理法、皿への盛りつけ、飾り物への包丁の入れ方、いずれも修行を積んだ料理人の技術だった。家族が川口老人の登場以来、明るい方向に変わり始めていることを感じた孝之は、大学院の女性との関係を断ち切る。
老人に親近感を抱き始めた貴美子は川口さんと孝之のDNA鑑定を提案する。美加は大喜び、もうすでに老人が祖父だとの確信を持っているようだ。康弘の病状回復は先が見通せないが、料理人の高城は相沢家を自分が勤めている店に招待する。DNA鑑定の結果が出る日、孝之は貴美子と美加に、もう鑑定結果は関係ないはずだと話し始めた。孝之は老人が本当の父であるのかどうかは関係なく、川口老人の存在が家族の絆を深め始めていることに価値を見出していた。貴美子も美加も鑑定結果に関わらず、老人を家族として受け入れても良いと思っていたので、家族は川口さんを引き取ることを決意、孝之の言う通り、DNA鑑定結果は見ずに燃やしてしまう。
次の日曜日、高城の料理を味わう相沢一家。お吸い物を口にした美加は、これはおじいちゃんの味だと言い出す。貴美子は包丁で切られた飾り物が同じことに気がつく。高城に尋ねると、これは自分の師匠に教えられた伝統の技だとのこと。そうすると川口老人は、同じ料理人の修行を積んだ人なのではないかと思う。その次の日、康弘の病院から康弘の意識が戻ったとの連絡があるが、その直後、川口老人が息を引き取ったとの連絡が入る。
美加が言っていた、老人は康弘の生まれ変わりという話を思い出す孝之。これからは家族の絆をしっかりと感じて、この一家は幸せに暮らすだろう。物語はここまで。
身近にある家族の絆と幸福感は、家族自身がそれを感じることで深まる。それを媒介するのが、祖父母の存在、料理、そして暮らしている家。本物語では料理がキーワードになっているので、その技についてのミニ知識が家族の絆物語に彩りを与えている。ちょうど3.11、東日本大震災10年目の週なので、テレビでも特集が組まれ、家族の絆を感じる番組が放送されている。読書の喜びをより深く感じられる、いいタイミングの読書だった。