高知県の山間の村、尾峰に生まれた坊之宮美希、それが女性の名前、短大時代の2年間高知の街に出たことはあるがそれ以外はこの尾峰の村に居続けている。坊之宮の家はこの尾峰にさいしょに住み着いた家族、徳島からこの地に来てここが気に入りそれ以来住み着いているという。美希は41歳の独身、この村で採れる楮やミツマタを原料にした和紙を漉いて作っている。坊之宮の家は代々、狗神筋と呼ばれる家系、京の都で鵺がでたときに成敗された鵺が、蛇や猿、狗などの神となり全国にバラバラになったという、その子孫であるといういいつたえもあるらしい。村人たちは表では声に出しては言わないが、こうした坊之宮の家系の人たちに恐れと憎しみをいだいていた。
この村に若い中学教師、奴田原晃が引っ越してくる。晃がこの村にやってきて以来、村人たちが夜に悪い夢をみる日が続いていた。美希は晃に惹かれる。
美希は高校生の頃、本家筋の隆明と愛を交わしたことがあったが、妊娠して親に引き離された。隆明はすぐに別の女性、園子と結婚して、美希は別の村の親戚で出産したのだ。その子は死産だった、と母に聞かされていたが、晃が村に来てからはその子が夢に出てくるようになった。美希の母は、狗神を守るようにと親から言いつけられてそれを守ってきているという。坊之宮の直系女性がその役割を持つと言い伝えられているからだ。
晃が来てから村人たちに狗神にとりつかれて死ぬという事件が相次ぐ。美希には狗神などは信じられないが、村の年寄りは、狗神のせいで死んだと村じゅうに言いふらしている。村人たちは坊之宮の家に恐れと憎しみを抱いてきたが、それが具体的な形をとってきたと坊之宮の家族を村八分にし始めた。晃は美希に結婚したいと申し入れる。美希は喜ぶが、美希の母は、晃の出生の場所と日時を聞いたとたん、それが美希が25年前に産んだ子だと気がつく。死産だったというのは嘘で、同じ日に出産した女性の子とすり変えたのだった。
坊之宮一族は年に一度、先祖を祀る集まりをしてきたが、ことしは美希の家がその当番、その集まりを山の中にある先祖の墓で行っているさなか、村人たちが山に火を放った。坊之宮の一族は炙り殺されてしまう。晃のその最中、美希を助けようと死んでしまう。美希も地蔵の下敷きになり死んでしまう。
時田昴路が美希の話を善光寺の地下で聞いたのはその事件が新聞で報じられた前日、まさにその事件が起きた時だったのだ。狗神は再び蘇るのだろうか。狗神 (角川文庫)
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