意思による楽観のための読書日記

寺社勢力の中世 無縁・有縁・移民 伊藤正敏 ****

中世権門体制のなかでは朝廷、武家の勢力が強かったと言われるが、もう一つの寺社勢力の力は思ったより強く、経済的にも武力的にも大きな力を持っていたとする。網野善彦は「無縁・公界・楽」で権力の手が及ばない場所としてその3つを上げたのだが、本書ではそれをまとめて無縁所とし、南都北嶺と言われた興福寺や延暦寺をその代表的地域であり治外法権の場とした。

中世の京都の町は花の御所から少将井があった上京、六角堂から市屋道場があった下京、そして白河御殿があった二条河原より東の白河地域、祇園社のあった祇園鳥居より東の祇園社領地域、そして六波羅蜜寺があった六波羅探題地域、清水寺地域、東山七条から三十三間堂がある南東の法住寺地域に分かれていた。鎌倉幕府が持つ検断権は上京と下京にしか及ばず祇園社、清水寺、院政の本拠地白河御殿、法住寺には及ばなかった。さらに中世の土倉は債権取立てを行う自衛組織を持ちなかば警察権をもって自主自衛をしていた。幕府は政府の安全を脅かす暴力以外は手を出さなかったのだ。

中世の開始は院政の開始とする説が一般的であるが、筆者は祇園社が不入権を確立した1070年とする説を主張している。寺社勢力がその境内を領有し権門体制の一角を占めた象徴であるからだとする。首都での重大事件を時代の区切りとするならこの時がふさわしいという理由だ。白河の地に院政政権の地が定まったのが1075年、このあたりが中世権門体制の始まりだとする。

奈良の東大寺や興福寺は当時の摩天楼寺域であり、商業地や住宅街も持っていた。これらは不入権をもつ境内都市と呼ぶことができる。平安末期の近畿地方には南都北嶺以外にも東寺、醍醐寺、石清水八幡宮、四天王寺などの境内都市が存在した。高野山金剛峯寺や石山本願寺、根来寺もそのひとつであり、人口は高野山で7-20万人いたと推定される。

鎌倉幕府が成立する際、平家の持っていた荘園領を検断得分(警察権力が調査・裁定の目的で土地を召し上げる行為)を名目として召し上げたものを恩賞の名のもとに御家人に配分した。平将門追討でも平貞盛や藤原秀衡を起用し、清水次郎長は明治政府に起用された。近代警察制度確立以前にも非合法、未公認の武力集団を活用して警察権力が利用する例があり、現代社会でも山口組の田岡一雄が治安維持への貢献から兵庫県警察の一日署長を務めたといいう。武士はヤクザとつながるのか。西の朝廷・寺社と東の武士・幕府対立が現代にも受け継がれているようで面白いと筆者は言う。

境内都市には領主がいたが主従関係はなかった。網野善彦は東国の御家人制度にたいして西国には寺社・天皇に直属する供御人・神人制度があったとするが、筆者は神人にはあった政治上の実態が供御人にはなかったとして、網野善彦の説を踏襲しながらも自己の主張をしている。無縁所の条件を次のように列挙している。
1. 都市には知的資源、物的資源と人脈ができる関係的資源、匿名性があり、流入者を受け入れる素地があった。
2. 諸役不入の地域で検断不入、民事不介入で自力更生の原則が支配する地域。
3. 武士の権力とそれに対抗する寺社などとのパワーバランスが成り立つ中立的地域。
そしてこれらの無縁地域では、自由市場、ある意味での平和、平等な民衆的性格が成立していたという。

堺のように自治が成立していた商業都市もあった。その前提には家の成立が必要であった。家の定義とは、世襲を名乗ること、世襲する財産があること、世襲する家業があること、であり継続する経営体であるとしている。家が成立するのはこうした定義が固定して変動しなくなる時、日本史における最重要問題であるという。そして家が集まって成立した自治都市は境内都市と同様無縁の地であった。

中世の歴史を語る時に、網野善彦の唱えた説を避けて通ることはできないらしい。高校時代の歴史では軽く扱われていたこうした無縁という概念や寺社の勢力が権力とのパワーバランスの間に存在し、しっかりとした組織も維持していたということ、改めて認識した。現代社会は国家権力が隅から隅まで及んでいるので、国民の権利を阻害するような派手な宗教活動などは取り締まり対象となるが、警察にとって必要悪とも言えるヤクザ組織は徹底的な壊滅には至らずパワーバランスの間に継続している。現代の地道に活動する人手不足のNPOや出家信者しか認めない宗教、ヤクザ組織なども無縁所の3つの条件をクリアしているような気がする。諸役不入、検断不入、現代社会が息苦しい人には必要な無縁所なのかもしれない。


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