意思による楽観のための読書日記

昭和史探索1 1926-1929 半藤一利 *****

太平洋戦争突入への要因はこの4年間にその多くが生まれ育っていたのではないかと感じる。司馬遼太郎は、「統帥権の独立を定めた明治憲法にその原因あり」と書いていたが、この頃の軍人の考え方と行動を改めて見てみると、文民統制は明治憲法に文民優位の定めがあっても破綻していたのではないかと思わせる。またこうした動きを政府の弱腰と捉え、国民の戦争高揚気分を煽ったマスコミの責任は重い。

1926年12月に大正天皇が没した。時の政権は軍縮を進める若槻礼次郎内閣。東京渡辺銀行、鈴木商店破綻などの金融恐慌から政府の信頼失墜で若槻内閣は総辞職、対外強行派で陸軍の田中義一が総理となる。関東軍が傀儡勢力としたかった満州の張作霖は南部からの蒋介石軍と対抗していたが、張作霖が関東軍の言うことを聞かなくなり、蒋介石が勝っても、張作霖が勝っても関東軍としては満州を意のままに操れないと感じていた。そこで邦人保護を目的として山東出兵、田中義一は東方会議を主催して対中国強行方針を決定した。この際作成された「田中メモ」が満州事変勃発の原因とされ、戦後の東京裁判でも中国侵略の証拠とされた。この田中義一首相、軍部からの突き上げと、国際関係、政府良識派からの抵抗の間でその言動は揺れに揺れた。1928年6月の張作霖爆殺事件の首謀者は明確には発表されていなかったが、それは陸軍大佐河本大作、陸軍士官学校15期から25期メンバーで構成されていた一夕会メンバーであり、田中は身内をかばい軽い処罰で済ましてしまう。一夕会の主なメンバーには河本の他に、山岡重厚、磯貝廉介、東条英機、山下奉文、板垣征四郎、石原莞爾、鈴木貞一など後のリーダーや政府・軍部ブレーンとなる面々がいた。その結果、国際社会から日本は軍部の暴走を止められない政府との評価を受けてしまう。(おそらく、太平洋戦争にまで進んでしまった「ポイント・オブ・ノーリターン」はここだったのではないかと感じる。)

一夕会の母体は1921年バーデン・バーデンの会合で日本陸軍の将来を語り合った当時スイス駐在武官の永田鉄山少佐、後の軍務局長とソ連駐在の小畑敏四郎少佐、そして岡村寧次少佐であり陸軍士官学校16期の仲間。彼らがバーデン・バーデンで語った内容は、「政府や陸軍内部の薩長支配打破、ドイツ敗戦の反省としての国家総動員体制確立の重要性、ロシア革命後のソ連への対抗措置と満蒙既得権益確保」であった。そして一夕会の会議では、満州問題(蒋介石軍対抗、満州傀儡支配のための道筋をつける)解決、薩長閥排除と仲間のポスト確保、もり立てるのは林銑十郎、荒木貞夫、真崎甚三郎で国策推進にあたる、ことが議論された。

田中義一内閣は、張作霖爆殺事件の責任者を明らかにすると国会では答弁しながら、陸軍からの突き上げには対抗できず責任者不明確なまま事件を終わらせようとしたため、結局昭和天皇から叱責を受けて1929年7月に総辞職してしまう。その時、天皇に唯一人アドバイスできる立場であった西園寺公望は、天皇に「内閣辞職を直接指示することになるのは、天皇としてすべきことではない」とコメント、その後昭和天皇は内閣の総意として上げてこられる内容に異を唱えないことを心に決めたという。ここで満州事変以降、太平洋戦争に向う道筋の中で、軍部の暴走を止める可能性があった唯一のパワーが封じられてしまう。そして1929年10月NYの株式大暴落に始まる世界恐慌が始まる。

「なぜ日本は無謀な戦争に突入してしまったのか」、この問には多くの学者や政治家、評論家、作家もがその答えを求めている。明治維新以降の「列強に追いつき追い越せ」という勢い、日清日露戦争で獲得した満蒙権益の維持、三国干渉の臥薪嘗胆の悔しさ、その後の国力強化を経済力ではなく軍事力に依存したこと、国際政治力学への無理解、そして昭和時代に文民統制ができなかったこと。きっかけとなるのは、経済的困窮や身の回りの不満などに端を発する庶民の怒りである。その怒りの矛先をどこに向けるのか、その道標的役割をはたすのがマスコミではないか。欧州での右翼勢力台頭や韓国大統領退陣問題、アメリカ大統領選挙もマスコミの報道が大きな役割を果たしてきたと感じる。その流れはどのようにして作られるのかが問題である。現代社会に世界的に生じてきている貧富格差、中東情勢などに原因するテロへの恐怖、中国の勢力拡大、90年前と同じ歴史は繰り返さないはずだが、歴史から教訓を学ぶことは私達現代人の責務ではないか。


↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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