朗年の楽しみ

写真を楽しみ、時々安、近、短の旅も楽しむ朗人、たくさんの出会いを楽しもう。(千葉市在住)

成東史跡探訪の思いで

2019年01月08日 | お出かけ(施設、催事

今年の年賀状に高校時代の先輩から「里の秋・2つの音楽葬/斎藤信夫と川田正子」の題名のエピソードを頂き、「あぁこんな童謡があったなぁ」と脳裏に浮かび昔の成東史跡探訪を思い出しました。
先輩によると38歳の時、作詞者斎藤さんに会うために成東(現山武市)の斎藤宅に訪れたそうです。その後、演奏会に招かれ、楽屋では川田さん(童謡歌手/NHKで「里の秋」を披露)
にも会い感動したそうです。(斎藤さんは75歳で没、川田さんの(享年71歳)の葬儀は36人の教え子たちの「里の秋」の歌声が満堂に響きわった。

私も当時の写真を引き出し、成東史跡探訪の最後に訪れた成東城址公園に建立された歌碑の前で参加者全員が合唱したことを思い出しました。(成東史跡探訪/浪切不動→伊藤左千夫→成東城址公園)当時の講師 91翁先生)

成東山不動院長勝寺(浪切不動)
成東駅から徒歩8分
成東山不動院長勝寺URL  https://maruchiba.jp/sys/data/index/page/id/6658/



伊藤左千夫は、江戸時代末期の元治元年(1864)8月18日に上総国武射郡殿台村(現在の山武市殿台)に生まれる。
37才の時に正岡子規の門に入った。子規の没後は、雑誌「馬酔木」、次いで「アララギ」を創刊し、特にアララギ派の初期の推進力となった。歌風は万葉集を尊重して雄大であり、東洋的な諦念が底流するといわれている。
成東駅から徒歩20分

URL 
https://www.city.sammu.lg.jp/site/rekishiminzokushiryoukan/sachio.html


伊藤左千夫の生家
山武市歴史民俗資料館の横には左千夫の生家がある。
殿台の生家は、約200年前の建築で、この地域のごく一般的な中農の家構えで、約400坪の敷地には、茅葺平屋建ての母屋やと土蔵が残っている。
資料館には左千夫に関する資料が多く展示されている。


成東城址公園の伊藤信夫歌碑(成東駅から徒歩20分」)
童謡「里の秋」の歌碑は、作詞家で数多くの童謡を生み出した斎藤信夫を記念して建てられたものです。代表作「里の秋」の一節やその解説が刻まれています。この歌は昭和21年(1946年)にレコード化され今もなお幅広く愛唱されています。碑は成東城址公園の広場に置かれています。
斎藤信夫の生涯
URL http://hananozaidan.or.jp/tan51_1.html
川田正子の里の秋URL   https://www.bing.com/videos/search?q=%e5%b7%9d%e7%94%b0%e6%ad%a3%e5%ad%90+%e9%87%8c%e3%81%ae%e7%a7%8b&ru=%2fsearch%3fq%3d%25e5%25b7%259d%25e7%2594%25b0%25e6%25ad%25a3%25e5%25ad%2590%2b%25e9%2587%258c%25e3%2581%25ae%25e7%25a7%258b%26FORM%3dQSRE3&mmscn=vwrc&view=detail&mid=1700FF1BB7E7698DAC7F1700FF1BB7E7698DAC7F&rvsmid=E93E9A7A1EF295779A94E93E9A7A1EF295779A94&FORM=VDRVRV



成東城址公園からの展望


91歳翁先生のこと(篠崎先生/千葉県生物学会会員)



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