ときの備忘録

美貌録、としたいところだがあまりに顰蹙をかいそうなので、物忘れがひどくなってきた現状にあわせてこのタイトル。

親と子

2014-09-26 | 砂時計
自分のこどもに先立たれるということは、心臓をわしづかみにされるように苦しいことです
と、ラジオで語りかけた蓮さま。

私の父が、母の介護をしてもう足掛け20年近くになる。
老々介護というものである。
よっぽど困ったときか、もう母が逝ってしまうんではないか、というときにしかヘルプを出してこない。
母との関係をうまく築けなかった私は、父に甘えてほとんど母のいる施設に足を向けることはない。
そんな冷たい娘に、どうにか母を会わせたくて、時折父は母の散髪を私に頼むのである。
先日も、その依頼を受け施設に出向いた。
身体能力はかなり衰えているものの、頭はまだそんなにぼけてはいない母である。
それでも、老いというものはひとを弱く、穏やかにするのか、もう、私と衝突することもない。
母の少なくなった髪を切りながら、両親との四方山話をする。
子供のころから、親との会話が苦手だった私は、50を過ぎてもうまく会話ができない。

聞けば、父はここ何日か風邪を引いて、高熱をだしてダウンしていたという。
ならば、私にヘルプを出せばよかったのに・・・
といえば
「おまえも、お義母さんの世話や仕事で大変だろうから、自分でどうにかできることはなんとかするさ」
と、父は遠慮がちに言った。
私が会社のことや、姑のことなどのストレスから痩せていたことにきづいていたのだ。
転勤族だった父と、一緒に暮らした時間は少ない。
それでも、いくつになっても子どもの身を案じることは変わらない、ということに改めて気づく。
自分の苦しみより、こどもの苦しみを思いやる。
いつも、自分より、こども。



私は常に自分の親の様子は見に行かずとも、姑のことを優先してきた。
たまたま私の実家に近いところに暮らすことになったことで、一人暮らす姑に申し訳ない、という気持ちもあって、実家への足を遠ざけていた。

だが、そういう私の気持ちを知ってか知らずか、
夏の暑い日、仕事帰りに姑のところに立ち寄ったとて
「あつかったやろ?
冷蔵庫の冷たいものでも飲んだら?」
という一言はなかった。
それが実の娘と嫁との違いなのだと思う。
高熱がでても、娘のたいへんさを思って、遠慮して電話してこなかった父が切なく、ありがたかった。



親孝行、したいときに親はなし
というが、後悔しないようにだけはしておきたいな、と思った出来事だった。

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