ときの備忘録

美貌録、としたいところだがあまりに顰蹙をかいそうなので、物忘れがひどくなってきた現状にあわせてこのタイトル。

一周生(いっしゅうき)1

2015-10-26 | 砂時計
夫が倒れてから一年が経った。

いつも通りの日曜の朝。
前日飲み過ぎて、お風呂を見送った夫は、朝起きるとすぐにシャワーに出向く。
廊下を歩く足取りが、なんだかおぼつかなく思えた。
「大丈夫?」と声をかけると
「だいじょうぶ、大丈夫。」

そして、お風呂に入るなり、がらがらがっしゃーん、と派手な音が聞こえた。
飛んでいくと、風呂場でしりもちをついている。
「どないしたん?大丈夫なん?」
意識はあるのか、えへらえへらしながら
「大丈夫、大丈夫。ちょっとすべっただけや」とろれつの回らない口で、そう応えシャワーを手に取ろうとするがつかめない。
立ち上がろうとして立ち上がれない。
「全然大丈夫ちゃうやん!じっとしてて。救急車をよぶから」
と、頭の中が真っ白になりながら叫んだのを覚えている。

救急車を待つ時間の長いこと、長いこと。
いったい何時間待たされるんだろう。
この間にも、死神がどんどん夫の生命力を奪っていくんじゃないだろうか・・
そんなあれやこれや悪いことばかりが、次から次へと頭の中を駆け巡る。
死なんといて、死なんといて。
私をひとり置いていかんといて・・

CTやMRIを撮る間、喉はからっから。
人気のない休日の外来待合室で、ひとり結果をまつ時間のこわかったこと。
今、自分が置かれているこの空間、この時間が現実のものと思えない。
どうか、嘘であってほしい。
どうか、悪夢であってほしい。
これが現実であるわけがない・・
そんなことがぐるぐるぐるぐる頭の中で回りつつ、検査室から出てくる夫を待った。

下された診断は、左脳前頭部脳内出血だった。
すぐにICUに連れていかれ、私は私で、看護師から事務的に入院に必要なもののコピーを渡された。
普通の入院時に必要な、洗面器や歯ブラシ、ティッシュなどのほかに
「おむつ」「食事用エプロン」の文字に衝撃を受ける。
膝ががくがくして、話を聞いているのに頭に入ってこない。
おむつ?
エプロン?
あんなに元気だった夫が、エプロンをかけ、流動食を食べ、おむつをあてなければならないというのか・・
そんな非現実的な情景が、目の前に浮かび涙がこみ上げてくる。
でも、泣いている暇はない。
私の前にはしなければならないことが山積みとなっている。

一人では受け止めきれず、助けを求めたのはほかでもない節子さんだった。
一番迅速に、的確な行動指針を示してくれそうな気がしたから。
息子よりも、誰よりも、私は節子さんにヘルプを出した。
病院まで迎えに来てくれる、という節子さんを断りタクシーで帰宅。
早速入院準備に取り掛かる。
家にあるもの、ないものを書き出し、必要なものを節子さんの車で買い出しに。
こんなとき、ペーパードライバーであったことが悔やまれる。
間をあけると、そこで立ち止まってしまいそうで、どんどん前に進むことだけを考えたあの日。

夕暮れから夜へと、暗闇が広がり始めると、一気に気力がなえはじめた。
受け入れがたい現実との闘いが始まった最初の夜だった。

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2 コメント

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Unknown (アプリコット)
2015-10-28 11:29:32
お久しぶりです。
久しぶりにPCを立ち上げて、本当にフラットアクセスしたら更新されていてビックリしました。
しばらく更新が無かったので気になりつつ…ご主人大変でしたね。
でも、タイトルを見て少し安心しました。
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Unknown (CITROEN)
2015-10-29 09:20:43
アプリコットさん、お久しぶりです。

本当に、人生、どこで何が起こるかわからないものです。
一年経って、ようやく少し落ち着きを取り戻してきた今日この頃ですが、先日も急に血圧が上がって、びっくりしました。
まだまだ油断大敵です。

同級生の男子の訃報も入ってきたり、そういう年齢になってきたということですね。
お互い気を付けましょう。
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