徳川慶喜log~徳川と宮家と私~

徳川慶喜家に生まれた母久美子の生涯、そして私の人生。

父・井手次郎~精強261空”虎部隊”サイパンに死すとも④・司令の質問2~

2019-07-22 05:00:00 | 日記
上田司令は豪放磊落(らいらく)な武人であるが、一面、部下に対しては非常に細かく神経を使われ、指揮官としてはまことに人望のある方であった。
下唇の下に少し髭をたくわえられ、時には私などにも質問をされる。

例えばこうである。

零戦が着陸寸前になって、発動機の排気管よりパンパンと銃声のような音を発することがある。
すると司令は、すかさず、「井手中尉、あの音は何か?」とくる。

「わかりません!」と答えると

「零戦が着陸に失敗した際、火災発生を防ぐために電源を切る。その時、不燃性の生ガソリンの混合気体が、熱を持った排気管の中で爆発する、その音だ。」
といった具合である。

ある時、彗星艦爆兼偵察機が任務を終えて、アスリートに帰投した。
ところが、脚に故障を生じたのか出ず、上空で不時着のための信号弾を投下し、地上員の指示で胴体着陸を行ったことがあった。

私(父井手次郎の手記を基にしているので、以下「私」の記載は父井手次郎を指す。)は軍医長の命令で衛生兵数名を連れて、ただちに救急バスで不時着機の近くまで急行し、搭乗員を救出するとともに医務室に運びこんだ。
彼らの多くは前頭部を損傷したり、熱傷を負っていた。
こんな事故はそれからも何回かあった。

サイパンの夜は、澄みきった空に無数の星にまじって南十字星がかがやき、ロマンティックというより不気味さえ感じられた。
また、夜、医務室に行く途中の草むらに、大きなガマガエルがひそんでいたり、ヘビこそいないが、時には大きなトカゲが、甘蔗のくきにとまっていたりして、大いに肝をつぶしたものである。

徳川おてんば姫(東京キララ社)