父・井手次郎～精強261空”虎部隊”サイパンに死すとも⑦・大空中戦４～

陸軍の高射砲陣地に数名の負傷者が出たらしく、治療所に運び込まれてきた。
岡本軍医長の指揮のもとに、私（父井手次郎の手記を基にしているので、以下「私」の記載は父井手次郎を指す。）と北川歯科中尉、川添衛生少尉らが衛生兵を指示して、先に決めた分担どうりに負傷者の傷の消毒、止血、応急処置、包帯と懸命に処理していく。
長い約３時間にわたる空襲がやっとおさまり、敵機は東南の方向に飛び去っていった。

しかし、アスリート飛行場を飛び立ったわが方の戦闘機、偵察機、爆撃機などは空中戦、あるいは敵艦船攻撃後に一部がグアム島、硫黄島、トラック島またはペリリュー島に着陸したらしく、アスリート飛行場に帰投したものは一機もなかった。

近くのサトウキビ畑に墜落したグラマンF６Fの残がいを見に行くと、機体はプロペラをへし曲げ、発動機は畑に突き刺さり、尾部を上げて大破し、片方の翼は吹き飛んでいた。
機体より５メートルほど離れたところに米軍の搭乗員の死体が投げ出されており、陸軍の将校と兵隊が取り囲んでいた。

米軍機搭乗員の服装はきわめて軽装で、米海軍の作業着に、普通のゴム底の単靴を着用し、首にタオルを巻いていた。タオルには赤い糸で（ZONOACK）と名前が縫い付けられていたのをはっきり覚えている。
携帯する所持品もごくわずかで、負傷時の救急用品としてモルヒネの針付チューブとスルファ剤の散薬、ガーゼ、包帯などの程度であった。
地図、所属などを示す書類はすでにどこかに持ち去られていた。

徳川おてんば姫（東京キララ社）