情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

知らなきゃ判断できないじゃないか! ということで、情報流通を促進するために何ができるか考えていきましょう

あんなひどい番組は放送しちゃいかん?!~ブログやHP規制反対のパブコメを!その7

2007-07-11 03:56:39 | メディア(知るための手段のあり方)
 
 
 これまで、総務省が、パブリックコメントを募集している「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」(座長:堀部政男 一橋大学名誉教授)の「中間取りまとめ」について、6回書いてきました(その1その2その3その4その5その6←クリック)。それらの趣旨は、インターネットの自由を守ろうというものでしたが、そもそも、テレビ局についても、これまでのような無線局としての免許(番組内容についてはチェックしない建前)から、コンテンツ、番組内容をも加味した適合性審査が行われるようになるため、政府による放送監視が強まることになる。

中間取りまとめのうちテレビ局について述べた部分をもう一度、引用します。

■■引用開始■■
○ 社会的機能・影響力に着目した「特別メディアサービス」の適合性審査については、現在の無線局免許ではなく、コンテンツ配信法制に基づく制度に移行するに際し、民主主義の発達に果たすべき役割や非常時の情報伝達、地域性の確保など、特別メディアサービスとして求められる社会的機能が何かを明確化すること。
■■引用終了■■

「民主主義の発達に果たす役割」という耳障りのいい言葉を使ってはいるが、ようは内容規制をするということだ。

放送などのマスメディアが政府に管理されることの恐ろしさは、「その4」でも述べた。「放送の自由」は、市民の「知る権利」に役立つものであり、「知る権利」が十分に保障されることによって初めて、選挙での選択するための情報を十分に得ることができる。それにもかかわらず、放送が政府によって影響を受けたら、選挙の公正さが害されることになる。

 今回の選挙でもすでに、安倍サイドが各局に単独での出演を申込み、一部テレビ局がこれに応じたことが報道されている。7月11日付日刊ゲンダイによると、【テリー伊藤やみのもんたのラジオ番組に出たのを皮切りに日テレの「ニュースZERO」やテレ東の「ワールドビジネスサテライト」に単独出演。歴代首相で初めてらしいが、「ザ・ワイド」(日本テレビ系)というワイドショーにもひとりで出て、年金問題を言い訳していた】という。結果的には、テレビ出演は逆効果だったというのが、日刊ゲンダイの論調ではあるが、果たして、そう楽観視できるのか?

 選挙前のこの時期に野党政治家のいないところで、安倍を出演させ、宣伝の機会を与えるのはいかにもバランスを失している。テレビ局側もそのような批判が出ることは分かっていただろうが、それでも出演させた以上は、政府とテレビ局との間で何か特別な事情(圧力?利権?)があると受け止められても仕方ないだろう。

 本来だと、政治的公平に失するのが明白な安倍単独出演をテレビ局が承諾したのは、放送行政が政府(総務省)に握られているからである。先進各国のように、政府から独立した行政委員会によって、担われていれば、単独出演させたことが問題とされる可能性が大きいから、怖くて、単独出演させることはないだろう。しかし、政府が権限を持っているから、政府の言うとおりにしておけば、何も怖くないわけだ。

 これでは、市民の「知る権利」が侵害され、選挙における選択が公正になされず、いわば、政府のマインドコントロール下での選挙ということなってしまう。

 だからこそ、中間とりまとめの「適合性審査」には反対しなければならないのだ。

 ただし、ここで、問題になるのは、じゃぁ、あるある問題のようなことをどうやって防ぐのか?ということだろう。

 確かに、放送倫理上問題があった場合、某かのペナルティがなければ、放送局は反省しない。問題は、そのペナルティを政府によって行わせなければならないのか?ということだ。

 私たちは、テレビ局にしてみれば、直接のスポンサーではない。しかし、私たちがそのテレビ局の番組を見るから、スポンサーはそのテレビ局に広告費をかけてCMを流すわけだ。

 ならば、簡単なことだ。あるテレビ局がとんでもないことをしでかしたら、そのテレビ局の番組を見なければいいのだ。1ヶ月も続けたら、そのテレビ局は真剣に反省するだろう。

 同時に、安易に、問題のある番組のスポンサーだった広告主に「なぜ、あんな番組にコマーシャルを流したのか?広告主として内容を確認しないのか」などと抗議をするのも効果的だ(以上、NHKについては別途述べます)。

 政府に頼るのではなく、自らの手で、テレビ局の倫理に対する取り組みを向上させることは可能なのだ。放送が政府の宣伝の道具になることにつながる政府による管理強化に比べれば、望ましい解決方法だ。

 政府に頼るのではなく、自らの手で、状況をよくすること~特に、表現の自由に関わる分野では、こういう考え方が望ましい。

 











★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
★「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」(ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリング。ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判にて)
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