情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

知らなきゃ判断できないじゃないか! ということで、情報流通を促進するために何ができるか考えていきましょう

インターネットによる政治評論について~gooのお達しをどう考えるか?

2007-07-12 04:29:34 | メディア(知るための手段のあり方)
 Kaetzchenさんのブログで知ったが、何やら、gooの方から選挙期間中のご注意が出たらしい。Kaetzchenさんも言っていますが、これって言論封殺のように思えますよね。まず、gooのお達しをみてみましょう。

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公職選挙法について

選挙に関する記事を投稿の際は、公職選挙法違反(刑事罰の対象となります)および利用規約違反にご注意ください。主な注意点は以下の通りです。

・特定の候補者を「応援したい」といった表現は選挙の事前運動、選挙運動またはこれらに類似する活動とみなされる可能性があります。「選挙区の友人に薦めます」といった表現も含まれます。

・単に街頭演説があったという出来事を記述するだけであっても、特定の候補者ばかりを掲載するような場合には、当該候補者を支持する選挙運動とみなされる可能性があります。

・街頭演説を撮影した写真や動画を投稿することは、選挙運動用の文書図画の頒布に該当するとみなされる可能性があります。

・特定の候補者の失言シーンだけを集めた「落選運動」は選挙運動またはこれらに類似する活動とみなされる可能性があります。

この他にも公選法違反に問われかねないケースが想定されますので、記事投稿の際には十分ご注意ください。
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まず、最初の3つ及び最後の1つは、「選挙運動とみなされる可能性があります」などと書いてあり、何やら、「選挙運動」にあたる行為をすることが、直ちに問題になるかのような書き方がしてあるが、別に選挙運動自体は、本来、自由にできるのであり、そのことをさも大変なことのように書くのは、選挙運動自体を萎縮させる一種の脅しだと受け止められても仕方がない。そういう意味で言論封殺ではないかという疑問はもっともだ。

すなわち、公職選挙法は、選挙運動について、一定の主体と一定の行為を制限しているのであり、そうでなければ、どんどん、選挙運動をしてかまわないし、むしろ、民主主義国家であれば、選挙運動をするのは当然のことであろう。

そこで、問題は、方法だ。つまり、【・街頭演説を撮影した写真や動画を投稿することは、選挙運動用の文書図画の頒布に該当するとみなされる可能性があります。
】という点だけだ。

選挙運動にあたるというだけでは、公職選挙法上の問題は生じない。結局は、それが文書図画(ビラ)の頒布に当たるどうかという点に尽きる。

確かに文書図画については、公職選挙法上、制限されている。

しかし、よく考えれば、ビラを配布することは最も候補者のことをじっくりと理解できる方法であり、本来、最も推奨すべき選挙運動であるはずだ。

それなのに、なぜ、ビラ配布は制限されるのか?

それは、ビラを配布するのに金がかかるため、一定の歯止めをかけようとしたに過ぎない。

そして、候補者以外も制限するのは、候補者以外だという外見をとることで、ビラ規制を免れることをさせないためである。

そうそう、文書図画はだめだけど、電話による選挙運動は禁止されてないんだね。

では、ブログやHPはどうか。現在の解釈では、残念ながら、文書図画に該当するとされている。だから、ここで、どんどん、ネットで選挙運動をしましょう、とは言えない。

しかし、よく考えてみれば、ブログやHPは更新するのにほとんど金がかからないし、紙ベースのビラとは区別することができる。実際、電話をかけるのより安いくらいだし、機能としては、町中で勝手に大声で応援するのと対して変わらない。

だとしたら、実質的には、規制する意味はないのではないだろうか。

しかも、gooがいみじくも黙示しているように、「頒布」は問題だと言いうるが、「掲示」については問題とすることはできない。これまでに書いた記事を消去しろとはいえないからだ。

そうすると、「掲示」はよくって「頒布」はいけないことになるが、公職選挙法上は、掲示も頒布はどちらも禁止している。二つを区別していない。ということは、掲示(これまでの記事を残すこと)がいいってことは、頒布(更新すること)だっていいことになるのではないか?(という疑問がある)

もし、ブログが公職選挙法で取り締まられた場合、裁判所はいかなる判断をするのか、大いに関心がある。

表現の自由の代名詞ともいえる奥平康弘教授は、次のように言う。

【選挙あるいは選挙運動というゲームにおいては、けっして「選挙の公正」確保という見地から定立するルールが、これだけが、他の価値を圧倒して貫徹すべきいわれは全くない。選挙に関連する情報の質や量に影響を与え制限を課しても、“そともかくも「選挙の公正を」”という「選挙の公正」至上主義は、そもそも選挙の目的を逸脱した、したがって選挙のための議論とはいえないのである。また、その観点から定立したルールは、ゲームのためのルールであるといえるかもしれないが、けっして選挙のためのルールではないのである】(「なぜ『表現の自由』か」182頁)

そういえば、韓国では、公職選挙法では禁止されているインターネット上の選挙運動(落選運動)を広く展開し、なし崩し的に、規制を撤廃させたと聞いている。

赤城問題できゃつらは言う、領収書の開示は法律に規定されていないから必要ないと。ほ~ほっほ、法律決めるのあんたらやろ。あんたらが勝手に5万円以下は領収書不要という法律をつくっておいて、疑惑があるのに、その法律があるから領収書は開示しない…議員って、何様?

他方、ブログやHP規制については、法律で決まってるんだから、君たちは黙っときなさい、というわけだ。

は~はっはっ。選挙運動から離れた政党、政治家批判、これは私は、選挙運動中もしまっせ。だって、それは、選挙運動ではないからね。選挙運動のためにやるわけでもないし…。

まずは、領収書を開示させない安倍は、首相としての適格性に欠けると、ブログには書いておこう。









★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
★「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」(ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリング。ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判にて)
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