841 Rumba | Surkov & Melnicka | Farewell show 2015
黒木華(はる)さんの演じる樋口一葉が悲しい、舞台「書く女」(作・永井愛さん)の中に、樋口家の表札が盗まれて困るというエピソードが描かれていた▼一葉の筆跡がよほど魅力的だったか、あるいは熱烈なファンのしわざか。作家として売れだしても、なお家計は苦しかった樋口家では度重なる表札盗に、さぞ腹を立てたに違いない▼家の表札といえば、かつて、こんなばかげた迷信もあった。他人様の表札を四枚失敬してくれば、受験に合格するというのである。最近ではこの手の話をあまり聞かぬが、何でも「四軒盗(と)る(試験に通る)」とか、十枚ならば、「十軒盗る(受験に通る)」に由来するらしい。苦しい駄じゃれにすがる心が既に負けている。そんな暇があるのなら英単語の一つでも覚えた方が、よほど「御利益」がある▼これも何かの愚かな迷信によるのか。首都圏の私鉄やJRで電車のつり革が相次いで盗まれた。被害は少なくとも四百本。売ってもさほどの値はつかぬ。驚くという以上に、その意図が分からず、気味が悪い▼通勤ラッシュの車内で、つり革は天使の差し出す掌(たなごころ)であり、席を譲られなかった高齢者には大げさではなく、命綱である▼迷惑な盗難をやめさせるために縁起の悪いことを教える。つり革は英語でストラップ。動詞では鞭(むち)打つの意となる。そんな物を盗めば、いずれはこっぴどく鞭打たれる。