シャーロック・ホームズを愛する二人の仲良し小学生がある日、タイプライターを手に入れた。物語を書いてみようと男の子が誘う。女の子は「物語を作ったら語る方が簡単よ」とためらう。男の子は説得した。「大好きな本の作家と同じように書きたいと思わないかい」。それで二人は物語をタイプで書いた▼なんともほほえましく、夢のあふれる光景である。二人の耳元にこんなことを教えたくなる。「君たちは二人とも大人になったらすごい作家になるんだ」▼一九三〇年代のアラバマ州モンロービル。男の子は『遠い声遠い部屋』『ティファニーで朝食を』などのトルーマン・カポーティ。女の子は十九日、八十九歳で亡くなった『アラバマ物語』のハーパー・リーさん。二人は幼なじみである▼日本でいえば、太宰治の『走れメロス』以上に読み継がれる『アラバマ物語』は黒人差別を描く一方、別のテーマが用意されている。筋は明かさぬが、人への寛容さと本当の正義とは何かである。いつの世も見失いやすい問題だから読まれ続けるのだろう▼さてその後の二人。残念ながら関係はこじれた。名声を手にしたはずのカポーティだが、リーさんの成功に嫉妬したとも聞く▼カポーティは八四年に亡くなった。再会するリーさんはきっと許すだろう。そしてアラバマのツリーハウスでその横に座って黙ってタイプを打つ。