コルキスの王女メディアは夫イアソンが自分を追放し、別の娘との結婚を考えていることを知って、復讐(ふくしゅう)の炎に取りつかれる。自分は夫のため、家族を裏切り、故郷も捨てた。それなのに。エウリピデスのギリシャ悲劇「王女メディア」である▼メディアは花嫁を殺した上、ついには自分と夫との間に生まれた子どもまで手にかけてしまう。子どもの亡きがらを前にぼうぜんとする夫にメディアは言い放つ。「おまえのせいだ!」▼白煙を上げてビルが崩れていく。北朝鮮が南西部の開城にある南北共同連絡事務所を爆破した。この件で表舞台に立つ北朝鮮の金与正第一副部長が女性だからではないが、王女メディアを連想してしまう。やはり韓国に向かって「おまえのせいだ!」とでも言いたかったのか▼二〇一八年四月の南北首脳会談の合意を受けて設置された共同連絡事務所は南北融和のシンボルであり、あの物語でいえば二人の大切な子どもだったはずだ。それを一方的に葬った。朝鮮半島の緊張が高まる▼一説では経済封鎖と新型コロナウイルスの影響で国内経済は危機的であり、地方での深刻な食糧不足もささやかれるという▼爆破によって韓国を揺さぶり、経済支援を狙ったという見方がある。南北融和という子どもを大切に育て上げたその先にこそ支援は待っていただろうに。捨て鉢なやり方には悲劇の予感しかない。