台風19号は多くの雨を降らせ北上して来た。我が町は大きな川が町を南北に分断している。昔、キャサリーン台風では堤防が決壊し、多くの犠牲者と町を破壊した。伊勢湾台風でも。というか、暴れ川で堤防決壊、越流により何度も被害を受けた。その後、上流に大きなダムが2つ出来、町の堤防も強化、最大の弱点の急カーブしているところは、水流が増すと、普段は運動場と公園になっている所に直線に流れるように堤防内は改良された。ただ、一ヶ所だけ弱点があり、町の中心部にある1番古い橋が堤防を嵩上げした結果、右岸左岸とも橋の入り口は堤防より低くなってしまった。両岸とも橋の入り口の横に大量の土嚢が積んであるので、事情を知らない若い頃は不思議だった。「この土嚢なに?」
2019年台風19号が一番近くを通っているころだろうか。この日はどこで何が起こるかわからないから、すぐ出発できる準備だけして家に居た。昼間からものすごい雨と風で停電続発。しかし、台風による停電なのは明白なのでどこにも出動はしなかった。ただ、スマホに登録してある防災メール(お客さんが存在する市町村)と自分の住む町のそれは絶えることなく、中小河川の堤防決壊や、危険水位に達した河川の情報が届いていた。そのうち、お客さんの店舗で自分で設置した絶縁監視装置から「停電」「復旧」を10回くらい繰り返し、最後に「停電」で止まった。そこは堤防が決壊したすぐそばで「ああ、ダメか・・・」とテレビの情報を見たら水位1メートルくらいで町に水があふれているらしい。
すると、ちょっと離れた町の2か所の事業所から、やはり自分の監視装置から
「漏電」「復旧」「漏電」「停電」とほぼ同時に来た。そこもそばの堤防が決壊した情報が流れていた。明日行けるだろうか?そんなことを考えていた。
突然、スマホに「〇〇市役所です。電気室でバケツをひっくり返したような雨漏りがあり、高圧ケーブルの引き込み部分のむき出しのところが水を浴びてしまったんです。」(市役所だから、別々の変電所から2回線高圧がひいてある)続けて「どうしたらいいかわからない。来てもらえないでしょうか?」
役所は川の向こう側に当たる。「川のそちら側の人にも聞いてもらえませんか。橋を渡るのは危険じゃないですか。」俺は別に役所と直接取引は無い。
「それが全員断られてしまって、最後の頼みの綱なんです。」
両方のケーブルヘッドと断路器に水がかかった?じゃあ両方だめじゃないか。
「今は停電してないんですか?」「はい。今は大丈夫です。」
30秒考えた。いずれにしても間もなく地絡か、運が悪ければ短絡だ。そこは昔短絡事故を起こしたことがあって、話には聞いていた。俺は、「短絡」だったら、短絡点より下流側は影響は出ないと考えていたのだが、当事者に話を聞いたら、短絡点より下流の東電のVCTと弱電機器がやられたと言っていた。
短絡の瞬間に波高値の高い電圧が入り込んだんだろう。今回もそうなる可能性はある。そうしたら市民に「避難指示」などの指示呼びかけ装置は全滅する。
「じゃあ、今から家を出ます。どこを通っていけばいいですか?」と聞いた。
町には6つ橋が架かっている。渡れるのは1本だけだそうだ。有名な橋だ。
道路冠水での通行止めが当然あるから。「家を北に出て、国道に出て、あそこのランプで降りて、北進したら一番大きな橋は通行止めになっているので、西に回り込み、〇〇橋の横を通りすぎ1本上流の××橋を渡って、踏切は冠水してるので迂回して東から来て下さい。」
「▽▽橋は?」「降りたところで冠水しています。」家から最短ルートの〇×大橋は?」降りたところで冠水しています。
ルートは1本か。「帰れるかどうかわからない。いってくるよ。」と子供に声をかけ出かけた。「この暴風雨の中を行くの?なんで?」と女房。
家から出て100メートル進んだところで冠水して、車がぷかぷか浮かんでいた。4WDなので一気に通り過ぎた。言われたとおりに進むと問題の堤防より低い橋の横に来た。屈強な男たちがヘルメットをかぶり土嚢を積み上げて、腕組みをして土嚢のところから水位を見ていた。ああ、もう土嚢まで水が来てるよ。(後で聞いたんだけれど、その橋の近所にみんなが手分けして、家から逃げるよう言って回ったそうだ。)事態は思ったより緊迫していた。防災メールの情報ではダムは現在毎秒400トン放流中。23時になったら2倍の800トンの放流になるとのこと。そしたら終わりだ。そんなこと考えて1本上の橋の手前まで来た。ヘッドライトで見える状態は、もう橋の橋脚を超えて、時折橋の上のクルマが走るところへ水が時々巻き上がっていた。足がすくんだ。
止まって考えた。怖かった。わたっている途中で流されるかもしれない。
「帰ろうかな・・・・」
でも、俺が行かないで役所がブラックアウトしたら14万人の市民の何分の1かは間違いなく流される。避難指示・誘導も出せなくなる。防災本部なのだから。
「行くしかない。」普段からもう生きてんの嫌だと思うことがよくあったので、もうダメならそれでいい。俺の人生ここまでだったんだ。
当然クルマなんか走ってないから、すごいスピードで橋を渡り切った。
そして、役所に。
問題の水をかぶったところを見た。もうバリバリ音がしている。
「おお急ぎで、柱上開閉器を本線・予備線両方切りましょう。」
「そうしたら真っ暗になるんじゃないですか?」そう言われた。
非常用発電機を回して、それで賄えるところだけ使うんです。サーバーにも非常電源から行くようになっているから、市民への避難情報は出せます。」そう答えた。「それを防災本部長に説明してください。」と言われた。役所仕事だね。緊急時に何言ってんだ。仕方ない。防災本部室に行き、防災本部長に説明した。本当はそういうときは市長が本部長のはずなんだが、出張中で消防本部長がしれをやっていた。こんな時に出かけるな!
説明しOKをもらって、数人ではしごを持って外へ出た。
「私たちには出来ないのでお願いします。」いい加減にしろと思ったが仕方ない。暴風雨の中、電柱に昇り開閉器を開いた。二本とも。
発電機室で待機している人がいるから、走ってそこへ向かった。途中でディーゼルエンジンの音が聞こえたので、ホッとした。
明日の復旧作業は別の人に頼んで下さい。と頼んだ。
すると誰が走ってきて、「23時からのダムの放水増水は中止になりました。」職員はほとんど全員残っていて、皆万歳と拍手をしていた。放水が増えるとどうなるかみんな知っていたんだな。
また恐る恐る橋を渡り帰宅した。
これは、役所の人も数人しか知らない裏話です。
後日談だが、たいへんな思いをして市役所に出動したのを理解した、仕事を出してくれる電気工事会社の人からの好意で出動料を、工事会社からもらった。半田工電社という、よく仕事を出して頂く工事会社から。担当の人からねぎらいの言葉を頂いて嬉しかった。