67回目の終戦記念日は、李韓国大統領の一連の言動で揺れましたが、沖縄戦で負傷した住民や遺族40人が謝罪や賠償を求めて那覇地裁に提訴したことも、大きな出来事だったと思います。
戦争での民間被害に対して国の責任を追及した訴訟は、東京と大阪の空襲被害者に次いで三例目だと報道されていましたが、沖縄戦は空襲被害とはいささか状況が異なります。それは、日本兵が洞窟や墓などの逃げ込んだ住民を、そこから追い出して陣地にしたり、男子生徒は鉄血勤皇隊、女子生徒はひめゆり部隊などとして、戦地に借り出したりしたことです。住民を守った部隊もあったのですが、そうではなく、部隊の行動で、住民が命を奪われたり、負傷されたといったこともあったからです。
そして、戦後、沖縄は米国領となり、今も米軍基地が沖縄に集中しています。私は記者時代、何度も沖縄を取材で訪れ、戦争被害について聞き取りをさせていただき、ガマ(洞窟)などの戦績も見学させていただきましたので、今回の提訴の記事が大きなものに思えました。
「命(イヌチ)どゅ宝」(命こそが宝)という言葉を、今一度噛みしめ、日韓関係を含め、いつか来た道を戻ることなく、未来志向で平和を守っていかなければならないと思いを新たにしています。
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