石榴
― long version ―
灰色の空からひと粒、雨がこぼれる。ひと粒、ひと粒、またひと粒、と。
一度こぼれ始めると、もういけない、堪える術を空は持たない。
濃灰色の雲が大粒の雨を落とし、幼き輩がわたし目がけて掛けて来る。
わたしは、まだ青い、青い石榴の実。繁りの葉をわたしは思い切り拡げる。
さあ、おいで。ひと時わたしの傘で、君たちが濡れないように包もう。
なつはきたのかな? それともどっかいっちゃったのかな?
ほんの一時間前、ユウキがわたしを見上げながら呟いた。
きょねんはおひさま、もっとぎんぎん、だったよね、とトモちゃん。
うん、ひやけ、いったかったもん、なのにことしは、とアッちゃん。
まいんち、くもって、やなかんじだよねぇ、とエッちゃん。
もんだいは、きょうから、はちがつなんだよな、とシンくん。
そう、シンくんのゆうとおりなんだ、はちがつだのに、とユウキが口を尖らせ。
なつじゃない、みたいだ!
仲間たちは声を揃えた。
八月一日。
この地に生まれ育つ、仲良し五人組。幼い探求者たちは円陣を組む。
なつはきたのか? どこかでよりみちしてるのか? つきとめる!
つきとめる!
なつをさがそう!
さがそう!
たんけんだ!
たんけんだ!
鳴く蝉に、ユウキが尋ねる。
ねえ、なつがきたか、しってる?
夏が来てなかったら、俺たちこうして鳴いてないと思うけどね。
何だか、頼りない答え。
舞う蝶に、エッちゃんが尋ねる。
ねえ、なつがきたか、しってる?
夏じゃなかったら、こうして舞ってられないわよ。
やっぱり何か、頼りない答え。
踊る蜂に、シンくんが尋ねる。
ねえ、なつがきたか、しってる?
さあね、今、蜜の掻き入れ時なんだ、それどころじゃない。
おっと、かなり、頼りない答え。
咲き誇る花々に、トモちゃんが尋ねる。
ねえ、なつがきたか、しってる?
さてねえ。アタシたちは、シルバーセンターの人が世話してくれるから。
興味なし? 頼りなさ過ぎの答え。
木々の繁りに、アッちゃんが尋ねる。
ねえ、なつがきたか、しってる?
ざわざわわ、ざわざわ、ざわわ。
ゲゲゲッ、答えになってない!
君たちの探検が続いたけれど、誰も本当の答えを知らない。
それが冒険。
降り出した雨は止み間も見えず、どんどん激しくなってゆく。
リーダーのユウキが決断する。
おれがかあちゃんに、えすおーえす、ゆいにいくから、みんなまってろ!
ユウちゃんだけぬれちゃうよ、みんなでかえろうよ、と女の子のリーダーのエッちゃん。
おんなのこをあめにぬらすおとこはさいてーなんだよ、シンくんとアッちゃんは、エッちゃんとトモちゃんぬらさないようにまもれ、おれいってくる!
ユウちゃん!
ユウキ!
本降りになった雨の中、全力疾走のユウキが消えた。
と思ったら、手を降るずぶ濡れのユウキの後ろから駆けて来る、五人組のママたち。
四人は、歓声を上げた。
おばちゃん、ユウちゃんおこらないで!
うん、ユウキね、カッコよかった!
おんなのこをあめにぬらすおとこはさいてーなんだ、て!
ユウキはゆうきあるのユウキだよ!
シンくんもアッちゃんもやさしかった!
興奮冷めやらぬ五人組、かと思ったら、ユウキが大あくびしているよ。
ユウキだけじゃない、シンくんもアッちゃんも、エッちゃんもトモちゃんも。
今日もユウキの家で、みんな揃ってお昼寝、だね、きっと。
わたしが赤く熟れて、弾ける時が来たら、種に思いを乗せよう。
幼き輩よ、今日の日の、君たちの冒険が、君たちの夏なのだということを。
君たちは一歩世界に踏み出して、世界は君たちに開いていく。
幼き輩よ、やがて君たちは知るだろう、広い野原に見えるここが、実はごくありふれた狭い公園に過ぎないことを。
その時、君たちは新たな世界を見つけていくだろう。
石榴たる、我が子《たね》が、新たな地を探し当て根付いて行くように。
もし旅の途中で、平坦ではない道のりに疲れたら、思い出して、今日の日を。
恥ずかしがらなくてもいい、いつでも帰っておいで、わたしの下へ。
ここは、――わたしは、君たちの夏、君たちの故郷だから。
written:2017.08.01.
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