1.南南西
昔はこの辺りの路地も駆け回る子供がわんさか居ってな、皆んな寒いのなんかぁすっかり忘れて汗まで流してさあ、わいわいきゃあきゃあとそれはにぎやかなもんだったよ。
路地裏ごとに口煩い年寄りが大抵ひとりかふたり居てよ、長屋の入り口ンとこの床几に座ってよじっと見てんだな。
大きい子は小さい子の世話としてやるのが当たり前でヨ、でもどっちも同じ子供サ、手に負えなくなる時があるんだな。
そンときはそれ口煩い爺ィか婆ァの出番ってわけなのさ、叱られるにしろ宥められるにしろじんわり温みがあった。
皆んな何処へ行っちまったのかね?年寄りも子供等もさ。今日の、今、吹いてるみたいな、風みたいな、温みもさ。
これがよ、つまり時代って奴、なのかねえ?なあ、あんた、さァ。
2.北東
遅い午後だ。路地の隙間という隙間を駆け回る足音が風の中で揺れている。四人?六人?いやもっと大勢の足音で大人と子供が入り混じっている。息遣いや声など一切聞こえないのに足音だけが風の中で同じような道を行ったり来たり隅っこを突っつく様に動き回っている。
昨日の宵の口だ。風が止んだと思ったらいきなり雲が湧いて出て、
さあああああ…………。
と一刻ばかり雨が降ってからだ。それからずっとこの時刻になるまで、さわさわと落ち着かない。
もお、いいヨオ。
ふいに後ろで幼さの抜けていない声がしたのと、窓を開けたのが殆ど同時だった。激しい風が吹き込んで部屋中を掻き回し、止んだ。音という音すべてが消えて、開け放った窓の向こうは昨日の暖かさが嘘のような冬晴れで、日が西に傾いている。
ふふふふふ。
ははははは。
子供の笑い声が蛇行しながら空に上っていき、にわかに平凡な休日の生活音が北風とともに押し寄せてきた。
一度目を逸らし、頭を振ってもう一度空を見上げる。その透き通った青も季節の風も我儘な子供だから手に負えない。
だから、嫌いだ。
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2020/02/22,23,24.
2月22日東京に吹いた春一番に寄せて