「知っていたんですの。今日だって。一言いってくれればよかったんですわ、本当に頼りない人ね・・・さあ急がなきゃ。あなたも行きましょう。鉢物のバラにきめているのよ。五月は」
水屋の引き出しを素早く開けて、妙子は茶の小銭入れを手にした。妻の動きにあわせる雄吉、朝刊紙を折り畳む六十五歳の夫と妻は惰性にしろ一転して、調子をあわせた。英次が残して行った波風を衰えさせるには、花や小鳥が平和の象徴となるような話題が必要だったのだ。二人は内心をそれを探りあっていたようだった。渡りに船というではないかと雄吉は妙子の誘いに乗るのに吝かではなかった。理屈と信仰が折れあう夫婦の時は、必ず理屈の側に立つ雄吉が頼りなく、妙子に常に従う時であった。そこに英次が不在の時でもあった。
「服装はこのままでいいかな」
と雄吉はあるテレビ・タレントの口調に似せてしまっている。卓上に頬を添わせ、出窓の空を窺い見ていた。あの空の下で・・・ダイニング・キッチンのラフな服が似あうだろうかと若やぐ感じになる。
「緑の市、ですわよ。会社に行くのじゃなくってよ」
妙子は軽口を叩くが、互いに、ほっとした表情を隠している。ドアに向かって行く妙子もエプロン姿で出かけるようだ。私たち、服装が気になる年かしらと黙って揶揄するように。
(つづく)
水屋の引き出しを素早く開けて、妙子は茶の小銭入れを手にした。妻の動きにあわせる雄吉、朝刊紙を折り畳む六十五歳の夫と妻は惰性にしろ一転して、調子をあわせた。英次が残して行った波風を衰えさせるには、花や小鳥が平和の象徴となるような話題が必要だったのだ。二人は内心をそれを探りあっていたようだった。渡りに船というではないかと雄吉は妙子の誘いに乗るのに吝かではなかった。理屈と信仰が折れあう夫婦の時は、必ず理屈の側に立つ雄吉が頼りなく、妙子に常に従う時であった。そこに英次が不在の時でもあった。
「服装はこのままでいいかな」
と雄吉はあるテレビ・タレントの口調に似せてしまっている。卓上に頬を添わせ、出窓の空を窺い見ていた。あの空の下で・・・ダイニング・キッチンのラフな服が似あうだろうかと若やぐ感じになる。
「緑の市、ですわよ。会社に行くのじゃなくってよ」
妙子は軽口を叩くが、互いに、ほっとした表情を隠している。ドアに向かって行く妙子もエプロン姿で出かけるようだ。私たち、服装が気になる年かしらと黙って揶揄するように。
(つづく)