英次は体と両腕を平行に、「おじさんは先生ですか」といってするうちに、山田は名札の文字から目を離して、一個の魅力から解かれた具合いにきょとんとしている。薄汚れた野球帽を脱いだ髪を、山田はしきりに撫で、照れているのだった。
「ちぇっ、おだてに乗せやがった。英次くん。なるほど賢そうな名前じゃないか。かわいそうに、三十五歳でこの男まえで美人の嫁を貰っていたとしても、決しておかしくないんだ。それはおとうさんが書いた?」
「うん」
「ほう」
と山田は吐息に同情の色を滲ませた。芝生の毛虫の死骸を、植えこみに蹴りこんでいた。季節ごとに見かけた英次を仲間の手前のあり、捕える機会がなかったが、その文字に対する劣等感を持ち続けていたので、一円にもならぬ仕事は二の次にした。英次に先生と呼ばれて聞き慣れない分だけ、山田は機嫌よくしたのだろう。仲間同志がよくした口調に戻ると、晴天下には山田の目に眩しい紺の背広姿を、毛虫を見ていた睥睨の目に戻っているのだ。
それは、英次の唯一ひたすら嫌悪した目なのだった。妙子が相手の際でも勝手にそう決めこんだ山田の目であって見れば、英次は構えてしまって逃げ出したくなる。
(つづく)
「ちぇっ、おだてに乗せやがった。英次くん。なるほど賢そうな名前じゃないか。かわいそうに、三十五歳でこの男まえで美人の嫁を貰っていたとしても、決しておかしくないんだ。それはおとうさんが書いた?」
「うん」
「ほう」
と山田は吐息に同情の色を滲ませた。芝生の毛虫の死骸を、植えこみに蹴りこんでいた。季節ごとに見かけた英次を仲間の手前のあり、捕える機会がなかったが、その文字に対する劣等感を持ち続けていたので、一円にもならぬ仕事は二の次にした。英次に先生と呼ばれて聞き慣れない分だけ、山田は機嫌よくしたのだろう。仲間同志がよくした口調に戻ると、晴天下には山田の目に眩しい紺の背広姿を、毛虫を見ていた睥睨の目に戻っているのだ。
それは、英次の唯一ひたすら嫌悪した目なのだった。妙子が相手の際でも勝手にそう決めこんだ山田の目であって見れば、英次は構えてしまって逃げ出したくなる。
(つづく)