「君と歩いた青春」 太田裕美・イルカ・伊勢正三
以下、このブログ初期のころに書いたものですが・・・・。
もしよかったら、(また)読んでください。
美女と野獣の墓参り
「綺麗だねえ・・」
「うん、綺麗だぁ」
由季が思わず玉虫の色鮮やかさに、目を丸くしていると続けて「熊男くん」も声にする。
玉虫は二匹、熊男くんの手のひらに乗せられている。
先ほど墓地の隣に植えられている松の木から落ちたのだろう亡骸を、熊男くんが見つけてきたのだ。
二匹は大きさが違うことから雄と雌のカップルだろうか?
「お墓の隣に埋めて、弔ってあげましょ」
由季が提案するまでもなく、熊男くんが先祖の墓の横に木の枝で穴を掘り始め、そこに二匹を埋めてあげた。
気の利く男だ。
私がそう思って見ていると、彼はこちらを振り向き満面の笑顔を浮かべた。
やはり熊のような容貌だ。私は由季の恋人が少しだけ劇画調の「くまもん」のように見えて苦笑した。
由季は二番目の兄の長女である。
美しい顔立ちを持ち、明るく朗らかな性格で、親戚中みんなに好かれている。
本家の我が家には二十歳になってから、毎年お盆の時期になると一人で兄の代理と称して墓参りにやってくるようになった。
私達には娘がいないので、特にカミさんは自分の娘のように彼女を歓待した。
二人して何を喋ることがあるのかというくらい話の花を咲かせ、一緒に料理をしたりする。
時には、自分の母親のようにカミさんを慕い、夕飯後に肩もみをしたりする。
それは毎年変わらないお盆の光景であり、私はそれを見るたびに由季が娘だったらなぁ、と思うのである。
その由季から電話があったのは二週間前。今年で八回目のお盆来訪を告げる電話である。
「叔父さん、今年は私と、・・・あともう一人そちらにおじゃましたいなと思うんだけど」
「もう一人?」
「うん、紹介したい人がいるの」
「・・・・もしかして恋人?」
「他にいる?」
私はそれを聞いたとき、とうとう来るべき時が来たかと思った。
由季ももう27。それに、あの顔立ちだ。恋人がいないほうがおかしい。
「それじゃ、二人でいくから」
電話が終わり、カミさんにそのことを伝えると、大変だ大変だと二週間後にもかかわらず、部屋を掃除しはじめた。
私が今から慌ててどうすると言うと、「だって居ても立ってもいられないんだもの。まるで娘の結婚相手を紹介されるような気持ちよ」とのたまう。
私はどんな男が由季の心を射止めたのか興味深々だった。
そして、それから二週間後の今日、本日現れた由季の恋人は見事な熊だったというわけだ。
上下黒のスーツに黒い顔、立派な体躯で腹が少々出ている。身長は恐らく190㎝はあろうかと思われた。
「鷲尾です」確かそう挨拶されたように思うが、私たちは揃って「熊男」だと密かに囁きあった。
熊男くんは、とりあえず休んでからという私たちの提案を断って、早速墓参りに行きましょうと言った。
私たちはともかく必要なものだけを取り揃えて、彼が運転する車に乗り、小高い山の上にある墓地まで来た。
墓地の周りは草がところどころ生えていた。思ったほどではないが、さりとてほうっておくのはちょっとというレベルである。
私が草を取り始めると、熊男くんも大きな体を丸めて草を取り始めた。
彼は一生懸命に草を取り除いている。
その様子を見て、私はちょっと彼に意地悪な質問をしてみようと考えた。
「・・・どちらが先に声を掛けたのかな」
「はい?」
「いやね、私が言うのもなんだが、由季はあのとおりきれいな顔立ちの娘だろ?多分誰もがほっとかないと思うんだ。何故君なのかって思うんだよ」
「・・・・・・」
「気に障ったら謝る。ただ、やはり、ね、不思議に思ったんだ」
「いや、いいんです。・・・そう思うのは当然でしょうから」
熊男くんはそう言うと、ニカッと歯を見せ笑顔をこちらに向けた。
「・・・由季さんとは、兄貴の子供を送り迎えに行くときに出会ったんです」
由季は保育園の保母さんをしていた。その意味では独身の男性と会うのは困難な職業でもある。
「・・それで、何度か兄貴の子供を送り迎えする内に、親しくなって・・・」
「君が誘った?」
「はい」
「ははは、やけにきっぱり言うね。じゃあ、君は由季のどこが気に入ったのかな?」
私は、きっと彼はありきたりな答えを出すだろうなと思っていた。どうせ明るく朗らかでだとかいうに違いない。
数秒のためがあり、彼は優しい目を向けた。
「・・・泣いてくれると思ったんです」
「えっ?」
「私が辛いとき、悲しいとき、でも男だから泣いてはいけないとき、彼女はきっと私の代わりに泣いてくれる女性だと思ったんです」
意外な答えが返ってきた。
「自分勝手な理由ですかね。・・・でも、これが本音です」
熊男くんは、真っ赤になりながら俯き、また草取りにと勤しんだ。
私は由季が彼を選んだ理由がおぼろげながら分かったような気がした。
きっと由季は彼女の本質を見抜いた彼だからこそ、彼についていく決心をしたのだろう。
「ねえ、そろそろお花を飾って、手を合わせない?」
由季が怒った風にして私たちの前に仁王立ちになった。
いけね、聞こえたか。
私たちは立ちあがり、墓の前へと集合した。
「綺麗だったわよねぇ」
墓参りが終わり、熊男くんの運転する車の中で、彼らは先ほどの玉虫のことを話題にしていた。
カミさんは妙に無口でムスッとしている。
後席で一緒に座っている私は、そのカミさんの様子が気になり、どうしたんだいと聞いてみた。
「何でもないわよ」
カミさんはやはりムスッとして言う。
「何でもないことないんじゃない?」
私が尋ねると彼女は、顔を近づけてきて小声でささやいた。
「・・・・ねえ、熊男くん、どう思う?」
「どうってさっき話したけどなかなか良い青年じゃないか」
「良い青年ねえ。それは私もそう思うんだけど・・・」
「だけど?」
「・・・・ねえ、熊男くん幾つだと思う?」
「結構年上に見えるけど、30前後ってところだろう?老けて見えるけどね」
私はカミさんがどうして年齢に拘るのか分からなかった。
たとえ、熊男くんが40だろうといいではないか。
「・・・さっき由季ちゃんに聞いたんだけどね・・・」
「うん」
「・・・熊男くんまだ大学生なんだって!」
「えっ」
「だから、まだ大学生。今年、20になるんですってよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
(成人前?)
一瞬めまいがした。
彼が大学生?どう見ても由季よりも年上に見える。
あの黒い顔、体躯、それにあの考え方。
それが7つも年下だなんて・・・・。
私は慌てて、前につんのめり車を運転している熊男くんに聞いてみた。
「きみは幾つになるんだい?」
「ああ、言ってなかったでしたっけ。今年、20になりますよ、10月で」
「それで、結婚?」
「ええ考えてます」
「君の親は?」
「うち、母親だけなんですが、賛成してくれました」
私は目の前が暗くなるような思いがした。
ふと、由季の方を見るといたずら小僧のように口端を上げて笑っている。
「叔父さん、父さんと母さんには大反対されてるの。応援よろしくね」
ああ、そういうことなのね。
やれやれ、とんだ大役を仰せつかったもんだ。
私はこれから大変なことに巻き込まれることが確実になり、苦笑いし、そしてトホホと思ったのであった。
以下、このブログ初期のころに書いたものですが・・・・。
もしよかったら、(また)読んでください。
美女と野獣の墓参り
「綺麗だねえ・・」
「うん、綺麗だぁ」
由季が思わず玉虫の色鮮やかさに、目を丸くしていると続けて「熊男くん」も声にする。
玉虫は二匹、熊男くんの手のひらに乗せられている。
先ほど墓地の隣に植えられている松の木から落ちたのだろう亡骸を、熊男くんが見つけてきたのだ。
二匹は大きさが違うことから雄と雌のカップルだろうか?
「お墓の隣に埋めて、弔ってあげましょ」
由季が提案するまでもなく、熊男くんが先祖の墓の横に木の枝で穴を掘り始め、そこに二匹を埋めてあげた。
気の利く男だ。
私がそう思って見ていると、彼はこちらを振り向き満面の笑顔を浮かべた。
やはり熊のような容貌だ。私は由季の恋人が少しだけ劇画調の「くまもん」のように見えて苦笑した。
由季は二番目の兄の長女である。
美しい顔立ちを持ち、明るく朗らかな性格で、親戚中みんなに好かれている。
本家の我が家には二十歳になってから、毎年お盆の時期になると一人で兄の代理と称して墓参りにやってくるようになった。
私達には娘がいないので、特にカミさんは自分の娘のように彼女を歓待した。
二人して何を喋ることがあるのかというくらい話の花を咲かせ、一緒に料理をしたりする。
時には、自分の母親のようにカミさんを慕い、夕飯後に肩もみをしたりする。
それは毎年変わらないお盆の光景であり、私はそれを見るたびに由季が娘だったらなぁ、と思うのである。
その由季から電話があったのは二週間前。今年で八回目のお盆来訪を告げる電話である。
「叔父さん、今年は私と、・・・あともう一人そちらにおじゃましたいなと思うんだけど」
「もう一人?」
「うん、紹介したい人がいるの」
「・・・・もしかして恋人?」
「他にいる?」
私はそれを聞いたとき、とうとう来るべき時が来たかと思った。
由季ももう27。それに、あの顔立ちだ。恋人がいないほうがおかしい。
「それじゃ、二人でいくから」
電話が終わり、カミさんにそのことを伝えると、大変だ大変だと二週間後にもかかわらず、部屋を掃除しはじめた。
私が今から慌ててどうすると言うと、「だって居ても立ってもいられないんだもの。まるで娘の結婚相手を紹介されるような気持ちよ」とのたまう。
私はどんな男が由季の心を射止めたのか興味深々だった。
そして、それから二週間後の今日、本日現れた由季の恋人は見事な熊だったというわけだ。
上下黒のスーツに黒い顔、立派な体躯で腹が少々出ている。身長は恐らく190㎝はあろうかと思われた。
「鷲尾です」確かそう挨拶されたように思うが、私たちは揃って「熊男」だと密かに囁きあった。
熊男くんは、とりあえず休んでからという私たちの提案を断って、早速墓参りに行きましょうと言った。
私たちはともかく必要なものだけを取り揃えて、彼が運転する車に乗り、小高い山の上にある墓地まで来た。
墓地の周りは草がところどころ生えていた。思ったほどではないが、さりとてほうっておくのはちょっとというレベルである。
私が草を取り始めると、熊男くんも大きな体を丸めて草を取り始めた。
彼は一生懸命に草を取り除いている。
その様子を見て、私はちょっと彼に意地悪な質問をしてみようと考えた。
「・・・どちらが先に声を掛けたのかな」
「はい?」
「いやね、私が言うのもなんだが、由季はあのとおりきれいな顔立ちの娘だろ?多分誰もがほっとかないと思うんだ。何故君なのかって思うんだよ」
「・・・・・・」
「気に障ったら謝る。ただ、やはり、ね、不思議に思ったんだ」
「いや、いいんです。・・・そう思うのは当然でしょうから」
熊男くんはそう言うと、ニカッと歯を見せ笑顔をこちらに向けた。
「・・・由季さんとは、兄貴の子供を送り迎えに行くときに出会ったんです」
由季は保育園の保母さんをしていた。その意味では独身の男性と会うのは困難な職業でもある。
「・・それで、何度か兄貴の子供を送り迎えする内に、親しくなって・・・」
「君が誘った?」
「はい」
「ははは、やけにきっぱり言うね。じゃあ、君は由季のどこが気に入ったのかな?」
私は、きっと彼はありきたりな答えを出すだろうなと思っていた。どうせ明るく朗らかでだとかいうに違いない。
数秒のためがあり、彼は優しい目を向けた。
「・・・泣いてくれると思ったんです」
「えっ?」
「私が辛いとき、悲しいとき、でも男だから泣いてはいけないとき、彼女はきっと私の代わりに泣いてくれる女性だと思ったんです」
意外な答えが返ってきた。
「自分勝手な理由ですかね。・・・でも、これが本音です」
熊男くんは、真っ赤になりながら俯き、また草取りにと勤しんだ。
私は由季が彼を選んだ理由がおぼろげながら分かったような気がした。
きっと由季は彼女の本質を見抜いた彼だからこそ、彼についていく決心をしたのだろう。
「ねえ、そろそろお花を飾って、手を合わせない?」
由季が怒った風にして私たちの前に仁王立ちになった。
いけね、聞こえたか。
私たちは立ちあがり、墓の前へと集合した。
「綺麗だったわよねぇ」
墓参りが終わり、熊男くんの運転する車の中で、彼らは先ほどの玉虫のことを話題にしていた。
カミさんは妙に無口でムスッとしている。
後席で一緒に座っている私は、そのカミさんの様子が気になり、どうしたんだいと聞いてみた。
「何でもないわよ」
カミさんはやはりムスッとして言う。
「何でもないことないんじゃない?」
私が尋ねると彼女は、顔を近づけてきて小声でささやいた。
「・・・・ねえ、熊男くん、どう思う?」
「どうってさっき話したけどなかなか良い青年じゃないか」
「良い青年ねえ。それは私もそう思うんだけど・・・」
「だけど?」
「・・・・ねえ、熊男くん幾つだと思う?」
「結構年上に見えるけど、30前後ってところだろう?老けて見えるけどね」
私はカミさんがどうして年齢に拘るのか分からなかった。
たとえ、熊男くんが40だろうといいではないか。
「・・・さっき由季ちゃんに聞いたんだけどね・・・」
「うん」
「・・・熊男くんまだ大学生なんだって!」
「えっ」
「だから、まだ大学生。今年、20になるんですってよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
(成人前?)
一瞬めまいがした。
彼が大学生?どう見ても由季よりも年上に見える。
あの黒い顔、体躯、それにあの考え方。
それが7つも年下だなんて・・・・。
私は慌てて、前につんのめり車を運転している熊男くんに聞いてみた。
「きみは幾つになるんだい?」
「ああ、言ってなかったでしたっけ。今年、20になりますよ、10月で」
「それで、結婚?」
「ええ考えてます」
「君の親は?」
「うち、母親だけなんですが、賛成してくれました」
私は目の前が暗くなるような思いがした。
ふと、由季の方を見るといたずら小僧のように口端を上げて笑っている。
「叔父さん、父さんと母さんには大反対されてるの。応援よろしくね」
ああ、そういうことなのね。
やれやれ、とんだ大役を仰せつかったもんだ。
私はこれから大変なことに巻き込まれることが確実になり、苦笑いし、そしてトホホと思ったのであった。