Rajie - わたしはすてき (1979)
ガンダーラ(1979年)/ゴダイゴ
Rod Stewart - Da Ya pensa que eu sou Sexy 1979 'UNICEF Concert'(HQ Audio)
Rod Stewart
スーパー・スター、という点では私は彼ほどその言葉が似合うシンガーは知らない。
〇昔書いたものを少しだけ直して再掲します。
嘘
嘘ってなんだろう?
時々そんな疑問が沸いてくる。
嘘にはついていい嘘と悪い嘘があるという。
私は嘘自体はそれほど良いものと思えなかったので、そんな分け方はありえないと感じていた。
でも、状況に応じてつい付いてしまうのが嘘だ。
その場を逃れるためにつく場合が殆どであるが、時として逃げずに相手を思いやる嘘もある。
そう考えてみると、いい悪いではなく”必要な嘘”というものならば存在するのかもしれない。
嘘とは、意外に複雑な形態をしているやつなのかもしれない。
2014年の1月、私はある日、ある時刻にK病院の待合室にいた。
K病院は父が入院していた病院、父は脳梗塞を起こして以来、右半身不随になりもう5年も入院していた。
私はその日、病院の医師に重大な話があると呼び出され来院した。
待合室のテーブルを挟んで私の向かい側にはS医師がおり、私は父の病状について説明を受けていた。
「・・・・それで、最近食事もまるで受け付けなくなって」
「まるで・・・ですか?」
「ええ、・・それに肺炎を起こしています」
「このままの状態だとどうなります?」
「点滴をしていますが、・・・・体力が著しく低下していますし、内臓の機能低下もある。もってあと2週間といったところですか」
「・・・あと2週間ですか」
「そう、2週間」
S医師は事務的に病状を伝え終わると、「病室に行きますか?」と私に言い、私に父のもとに行くよう促した。
「ええ、でも今少し混乱していますので、落ち着いてから・・・」
「そうですか」
S医師はそう言い残すと、席を立ちその場を去った。
その後、落ち着いた私が病室に行くと、ベッドの上で酸素マスクを装着し苦しそうに大きな呼吸音を繰り返している父がいた。
苦しげながらおぼろげな目で天井をじっと見ている。
私が来たのは分からないようだ。
私はベッド脇にある椅子を引き寄せ、そこに座った。
のぞき気味に斜めから父の顔を見ると、無精ひげがまばらに生えていた。頬も大分こけている。
2週間、と医師は言ったが私は「明日はダメかも」と思った。
しばらくの間、私がそうしていると父の瞳がわずかに動いた。
気づいたのか?
彼は私の存在に気づいたらしく、私のほうに顔を向け、何かうめき声のような言葉を発した。
何?私は彼の言っていることが理解できない。
またうめき声。
分からない。
何回か繰り返しているうちに、私は彼の言いたいことをなんとか理解することが出来た。
「オレハモウダメカナア・・・」
彼はそう質問してきたのだ。
出る言葉に任せて私は答えた。
「肺炎起こしているから、今は苦しいけど、2,3日もすれば良くなるってさ。・・・医者も言っていたよ」
私は嘘をついた。
父は私の顔を見つめると、かすかに笑い、そしてまた顔を上に向け、その後天井をじっと見続けた。
それから、1週間後に父は亡くなった。
私は集まった兄達や姉にはあの弱音ともとれる言葉は伝えなかった。
私だから言ったと感じたから。
通夜や葬式を済ませ、ある日ある時刻に私は父の遺品を整理していた。
整理しながら、”あのときの嘘”について考えていた。
俺はその場を逃れるためにあんな嘘をついたんだろか?それとも、思いやり?
分からなかった。
分からないが、どうであれ多分あれで良かったんだろうと思った。
ふと鴨居の上に掛けられた父の遺影に目がいった。
父が優しく慈しむように私に笑いかけているように感じた。
良かったんだよね、きっと・・・・。
ガンダーラ(1979年)/ゴダイゴ
Rod Stewart - Da Ya pensa que eu sou Sexy 1979 'UNICEF Concert'(HQ Audio)
Rod Stewart
スーパー・スター、という点では私は彼ほどその言葉が似合うシンガーは知らない。
〇昔書いたものを少しだけ直して再掲します。
嘘
嘘ってなんだろう?
時々そんな疑問が沸いてくる。
嘘にはついていい嘘と悪い嘘があるという。
私は嘘自体はそれほど良いものと思えなかったので、そんな分け方はありえないと感じていた。
でも、状況に応じてつい付いてしまうのが嘘だ。
その場を逃れるためにつく場合が殆どであるが、時として逃げずに相手を思いやる嘘もある。
そう考えてみると、いい悪いではなく”必要な嘘”というものならば存在するのかもしれない。
嘘とは、意外に複雑な形態をしているやつなのかもしれない。
2014年の1月、私はある日、ある時刻にK病院の待合室にいた。
K病院は父が入院していた病院、父は脳梗塞を起こして以来、右半身不随になりもう5年も入院していた。
私はその日、病院の医師に重大な話があると呼び出され来院した。
待合室のテーブルを挟んで私の向かい側にはS医師がおり、私は父の病状について説明を受けていた。
「・・・・それで、最近食事もまるで受け付けなくなって」
「まるで・・・ですか?」
「ええ、・・それに肺炎を起こしています」
「このままの状態だとどうなります?」
「点滴をしていますが、・・・・体力が著しく低下していますし、内臓の機能低下もある。もってあと2週間といったところですか」
「・・・あと2週間ですか」
「そう、2週間」
S医師は事務的に病状を伝え終わると、「病室に行きますか?」と私に言い、私に父のもとに行くよう促した。
「ええ、でも今少し混乱していますので、落ち着いてから・・・」
「そうですか」
S医師はそう言い残すと、席を立ちその場を去った。
その後、落ち着いた私が病室に行くと、ベッドの上で酸素マスクを装着し苦しそうに大きな呼吸音を繰り返している父がいた。
苦しげながらおぼろげな目で天井をじっと見ている。
私が来たのは分からないようだ。
私はベッド脇にある椅子を引き寄せ、そこに座った。
のぞき気味に斜めから父の顔を見ると、無精ひげがまばらに生えていた。頬も大分こけている。
2週間、と医師は言ったが私は「明日はダメかも」と思った。
しばらくの間、私がそうしていると父の瞳がわずかに動いた。
気づいたのか?
彼は私の存在に気づいたらしく、私のほうに顔を向け、何かうめき声のような言葉を発した。
何?私は彼の言っていることが理解できない。
またうめき声。
分からない。
何回か繰り返しているうちに、私は彼の言いたいことをなんとか理解することが出来た。
「オレハモウダメカナア・・・」
彼はそう質問してきたのだ。
出る言葉に任せて私は答えた。
「肺炎起こしているから、今は苦しいけど、2,3日もすれば良くなるってさ。・・・医者も言っていたよ」
私は嘘をついた。
父は私の顔を見つめると、かすかに笑い、そしてまた顔を上に向け、その後天井をじっと見続けた。
それから、1週間後に父は亡くなった。
私は集まった兄達や姉にはあの弱音ともとれる言葉は伝えなかった。
私だから言ったと感じたから。
通夜や葬式を済ませ、ある日ある時刻に私は父の遺品を整理していた。
整理しながら、”あのときの嘘”について考えていた。
俺はその場を逃れるためにあんな嘘をついたんだろか?それとも、思いやり?
分からなかった。
分からないが、どうであれ多分あれで良かったんだろうと思った。
ふと鴨居の上に掛けられた父の遺影に目がいった。
父が優しく慈しむように私に笑いかけているように感じた。
良かったんだよね、きっと・・・・。