ホームシック・ジャグ / THE COLLECTORS
ドレスコーズ「ピーター・アイヴァース」MUSIC VIDEO
I Don't Like Mondays. / ミレニアルズ 〜just I thought〜
Bernard Butler - Not Alone (Official Video)
(ちんちくりんNo,21)
じいさんの言葉は僕には意外だった。この店に通って三年と少し、″アルムのおんじ"のような白髪と白く立派な髭を蓄えたじいさんとは二言三言愚痴や悩みを聞いてもらえるいい関係にはなった。それはじいさんが若い頃ある大学病院の精神科の医師であったということを聞いたのがきっかけだったのだが、今や古書店主になっているじいさんは聞き役専門、たまに「人間は笑うが一番」とありがたいお言葉をいただくこともあったが、後は本のこととか何てこともない話ばかり。「学校の先生になるのか」みたいな相手の事情に踏み込んだような発言は多分なかったような気がする。
「試験は受けたよ。だから・・・、でも」
「そうか」
しかし僕たちの会話はそれだけですぐに終わってしまった。ただ出口に向かおうと背中を向けた時、じいさんは「・・・小説が読みたい」とだけ呟いた。僕はその意味するところを十分理解していたが、気づかないふりをして出口に向けて歩を進めた。
外へ出て、これからどうするかと通りをぼうっと眺めていたら、腹の虫が急に鳴り出した。昼飯食わずにここに来たから当然か、僕はともかく何かあるだろうと、来た道を戻ることにした。靖国通りから北へ明大通りに入り、明治大学を左手に見ながらさらに行くとお茶の水駅前に戻る。そこで僕は、ああと思い出し東の雑居ビルの合間、非常に狭く薄暗い路地を進んだところにある画廊喫茶に入った。店内には多くの絵画が飾られている。BGMはクラッシック。テーブルは低い。僕は狭い椅子に腰を下ろし本の包みをテーブルに置き、近くにいたアルバイトらしい子にナポリタンとコーヒーを頼んだ。しばらくゆっくりしよう。
古書店のじいさんには愚痴や悩みを通して、結構なことを知られていると思う。教師を目指していることや、納得のいく小説を書きたいということや、その二つの目標の狭間での葛藤なんかもじいさんには何もかもお見通しだろう。でも、僕の愚痴や悩みに対する彼の答えはいつも決まっていた。「人間は笑うが一番」だけだ。それに僕は、彼には母親との関係性についてはこれまで何も話していない。なのに何故突然「実家に帰るのかい」なのだろうか。じいさんは訊いたというが、これまで訊かれた記憶もなかった。
ただ一つ、分かったことはある。じいさんは「僕の書いた小説」を待っている。恐らく僕の「納得のいく」がどれだけの覚悟をもってなされたものかを判断したいのであろう。ならば、映画研究部で今作っている本の行く先の一つは決まった。じいさんに僕が如何に生きて行けばいいのか、その本音を引き出したい、初めて僕はそう思った。
画廊喫茶に一時間ほど居てから僕はお茶の水駅へ。販売機で切符を購入して、改札を通ろうとしたとき七瀬かほるの姿を視界の端に捉えたような気がした。―まさかね。僕は振り返ることもせずに駅の構内に入って行った。
ドレスコーズ「ピーター・アイヴァース」MUSIC VIDEO
I Don't Like Mondays. / ミレニアルズ 〜just I thought〜
Bernard Butler - Not Alone (Official Video)
(ちんちくりんNo,21)
じいさんの言葉は僕には意外だった。この店に通って三年と少し、″アルムのおんじ"のような白髪と白く立派な髭を蓄えたじいさんとは二言三言愚痴や悩みを聞いてもらえるいい関係にはなった。それはじいさんが若い頃ある大学病院の精神科の医師であったということを聞いたのがきっかけだったのだが、今や古書店主になっているじいさんは聞き役専門、たまに「人間は笑うが一番」とありがたいお言葉をいただくこともあったが、後は本のこととか何てこともない話ばかり。「学校の先生になるのか」みたいな相手の事情に踏み込んだような発言は多分なかったような気がする。
「試験は受けたよ。だから・・・、でも」
「そうか」
しかし僕たちの会話はそれだけですぐに終わってしまった。ただ出口に向かおうと背中を向けた時、じいさんは「・・・小説が読みたい」とだけ呟いた。僕はその意味するところを十分理解していたが、気づかないふりをして出口に向けて歩を進めた。
外へ出て、これからどうするかと通りをぼうっと眺めていたら、腹の虫が急に鳴り出した。昼飯食わずにここに来たから当然か、僕はともかく何かあるだろうと、来た道を戻ることにした。靖国通りから北へ明大通りに入り、明治大学を左手に見ながらさらに行くとお茶の水駅前に戻る。そこで僕は、ああと思い出し東の雑居ビルの合間、非常に狭く薄暗い路地を進んだところにある画廊喫茶に入った。店内には多くの絵画が飾られている。BGMはクラッシック。テーブルは低い。僕は狭い椅子に腰を下ろし本の包みをテーブルに置き、近くにいたアルバイトらしい子にナポリタンとコーヒーを頼んだ。しばらくゆっくりしよう。
古書店のじいさんには愚痴や悩みを通して、結構なことを知られていると思う。教師を目指していることや、納得のいく小説を書きたいということや、その二つの目標の狭間での葛藤なんかもじいさんには何もかもお見通しだろう。でも、僕の愚痴や悩みに対する彼の答えはいつも決まっていた。「人間は笑うが一番」だけだ。それに僕は、彼には母親との関係性についてはこれまで何も話していない。なのに何故突然「実家に帰るのかい」なのだろうか。じいさんは訊いたというが、これまで訊かれた記憶もなかった。
ただ一つ、分かったことはある。じいさんは「僕の書いた小説」を待っている。恐らく僕の「納得のいく」がどれだけの覚悟をもってなされたものかを判断したいのであろう。ならば、映画研究部で今作っている本の行く先の一つは決まった。じいさんに僕が如何に生きて行けばいいのか、その本音を引き出したい、初めて僕はそう思った。
画廊喫茶に一時間ほど居てから僕はお茶の水駅へ。販売機で切符を購入して、改札を通ろうとしたとき七瀬かほるの姿を視界の端に捉えたような気がした。―まさかね。僕は振り返ることもせずに駅の構内に入って行った。