からくの一人遊び

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The Beautiful South - Perfect 10 (Official Video)

2022-08-07 | 小説
The Beautiful South - Perfect 10 (Official Video)



隣の部屋 柴田淳



THE NEWS 誰かの贅沢で殺されたくはない



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(ちんちくりんNo,89)


 それ以降僕の人生は、忘れていたもう一本の道を再び探し当てたことで、俄かに動き出した。毎日が忙しくなった。妻の裕子が僕の担当なものだから、彼女が夜帰ってきてから、毎日のように大筋の話は変えずに、新聞小説としてどのように構成していくか二人で考え、また読み易くするための文章の区切りや訂正、削除、加筆等を夜半過ぎまで二人で検討した。そういった状況に僕はデジャヴみたいなものを感じていたが、考えてみれば結婚前、彼女がまだ龍生書房の一編集者で、僕の担当をしていた頃にはよくあったことだったのだ。あの頃の感情、あの頃の想いをまた味わうことになろうとは―。僕は彼女と相対する度に彼女に対して長い間持っていた疑念、わだかまりが徐々に氷解していくのを感じ、何故もっと早くこのように動き出さなかったのかをほんの少しだけ後悔した。
 僕の連載小説は半年で終わったが、その後甲斐日日新聞社でその小説を一冊の単行本にして出版する話をもらい、それからまた三か月近くはそのための仕事が続いた。本が出来上がり手にしたとき僕は手が震え、自分の小説が世に出るということはこんなにも重いのだということに、まるで新人作家のように畏怖し、改めて自分の行くべき道について考えた。今更何をと思いながらも……。


 僕は今思う。

 最初に15年の間、人生で最も平穏な時を過ごして来たと書いたが、どうやらそれは間違いなのだということに僕はここに来てやっと気づいた。

 僕は思う。

 15年間、最後の方は別にしても、僕は人生で最も動かない時を過ごして来たのだ。

 それがやっと動き出したということ。

 僕は炬燵に自らの体を足から潜り込ませ、背にしながらうつ伏せになって寝そべっている。天板と炬燵の間には炬燵用の布団が敷かれ、大きく四角に広げられているのだから傍から見ると炬燵に潜り込んでいる僕は、さながら蝸牛のように見えるんじゃなかろうか。ん?「こたつ」に「かたつむり」で〝こたつむり″―か。これ、いいかもしれない。

 バカなことを、と思いながら体を捻って天板の上に置かれたノートパソコンの画面を見る。ため息をついてまた元の体勢になる。
 朝から無性に体が怠い。しかも今日は自分の誕生日。だからといって二つのことには何の関連もないのだが、ともかく熱がありそうだったので学校の勤務は休んだ。57歳か……。別に祝ってもらおうとは思っていないが、娘は私用で出かけ妻は朝から二階に引きこもり。これ如何に。―ああ、具合が悪いんだけどなあ。
 裕子とはあの新聞小説の連載以来会話が増えた。またそれが本になった後の彼女の突然の総務部への移動、それによってほぼ定時に帰れるようになったことで、夕食も共にすることが多くなった。長い間僕が抱えていた彼女へのわだかまりもなくなったといってもいいのかもしれない。しかしどうもいけないことがある。時に嫌味のごとく冷たくされることがあるのだ。例えばテレビで奥さんが病気の旦那さんを必死に看病している場面を二人で見ているとする。裕子は何気なく呟くのである。「ああ、ダメだわ。私にはあそこまでは無理。絶対できない、ね。」と。しかも僕の顔を見てそれとなく同意を求めるような言い方をするのだ。たまったもんじゃない。そういうことをされると僕は怒りとともにチクリと心臓を針で刺されたような気分になり、それからすぐに、微妙にまっさらな運動靴が泥水に触れたときのような、何とも言い難い複雑な感情に襲われ、一気に落ち込むのだ。でも、もともと裕子は昔から皮肉屋のようなところがあって、若い頃の僕はそれが彼女の一種の魅力のように感じていた。それがそこまで神経を逆なでされたと感じるようになったということは、僕はもう若くはないのだなということなのだと思う。だから、結局仕方がないのだと思うことにしている。
 それよりも原稿の依頼。一月ほど前、久しぶりに龍生書房の七瀬社長から電話があった。最近中古書市場で昔の僕の作品が俄かに人気になっているらしい。そこで書下ろしの新作を書いてみないかと……。また、君の全集をうちで出したいと考えているとも言われた。僕が何故僕なんですかと訊くと、彼は、あと何年かで引退したいと思ってねと応えた。最後の仕事ってやつですか、それなら薫りいこさんがいるでしょう、何故?僕の返しに彼は少し戸惑ったのか三拍ほど間が空いてから言葉が返って来た。

 ―君がいいんだ。

 七瀬社長はそうはっきりと言い、それから、じゃあ頼むよの言葉で最後にしめて電話を切った。

 ふと窓の外に目を遣ると暗くなってきている。いつもはそうは思わないのに何故か具合が悪いのにもかかわらず、そろそろ玄関の外灯を点けた方がいいかなと思った。僕は炬燵から抜け出して玄関へと向かった。

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