からくの一人遊び

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若者のすべて

2016-07-26 | 音楽

ヤナくんは虚弱体質な子だった。

小さいころからあらゆるスポーツを試みるも、体力がそれについていかず、挫折の連続だった。

そんなヤナくんが中学生になって選んだ部活動が柔道部。

先に入部を決めていたKたちは、小さなころからヤナくんのことを知っていたので反対したのだが”強くなりたい”というヤナくんの言葉に負けて入部を許すことにした。

柔道部は休部していたものをKたちが立ち上げたもので、先輩もいないことだしこれならヤナくんでも続けられるだろうというのも理由の一つだった。

入部したヤナくんは一生懸命頑張った。

一生懸命頑張ったが、やはり運動が不得手なヤナくんはみんなにはついていけなかった。

最初こそ、みな似たり寄ったりだったが、2年生になるころには、Kたちとの差はぐんと広がり、ヤナくんの役割はもっぱら”投げられ屋”になっていた。

”投げられ屋”とは文字通り投げられる役目を負い、調子の落とした選手の相手をして、調子を取り戻させるいわばブルペンキャッチャーのような存在だ。

毎日何十回となく他の部員の相手をさせられヤナくんは投げられ続けた。

特に、Kは好不調の波が激しかったのでよくヤナくんを練習台にしていた。


そんなある日のこと、社会科の教師であるN先生がKたちの練習を見に来た。

顧問の先生が用事で来られないので、柔道経験のあるN先生が代わりにきたのだ。

N先生の噂は知っている。高校時代県大会で優勝したほどの猛者だ。

Kたちは緊張し、普段にも増して激しく練習した。

N先生は最初はKたちの練習風景をのんびりと見ていたが、やがて抑えきれなくなり、選手たち一人ひとりに指導をしだした。

その中でヤナくんが気になったのか、ヤナくんに対しては特に厳しく足の運び方から手の掛け方、腰の動きまでみっちりと指導を始めた。

「そうじゃ、ない。そうじゃないといってるだろう」

そう言われるたび、ヤナくんは空を舞い、激しく畳に叩き付けられる。

ヤナくんが間違いを犯すたびにN先生は容赦なくヤナくんを投げた。

ヤナくんも負けじと起ちあがり、N先生の懐に飛び込んでいった。

それからヤナくんは何十回となく投げられただろうか、もういいだろう、そんな空気が見ている部員の間で立ち込めてきたとき、「それ最後だ」とN先生は叫び、一本背負いでヤナくんを担ぎ上げ、ヤナくんの背中を畳に激しく打ち付けた。

ヤナくんは悶絶し、転げまわるとやがて動かなくなった。

N先生はそれを見ると満足したのか「しばらく休ませてやれ」という一言を残して道場を後にした。


次の日、ヤナくんは退部届を顧問に出した。

それを聞いたKはヤナくんに理由を問いただすべく放課後体育館裏に呼び出した。

「なぜやめるんだ?昨日のことが原因なのか?」

体育館裏でKはヤナくんに務めて冷静に尋ねた。

「いや・・・」

「柔道がいやになったのか?」

「いや、違う。」

「じゃあ、なぜなんだ」

Kはヤナくんに対して冷静な態度を保ちつつ、詰め寄った。

するとヤナくんはしばらく考える仕草を見せ、それからため息をついて言った。

「・・・・ばかにしてるだろ・・・」

「えっ?」

「おまえらは、俺のことをばかにしている」

「・・・・・」

「俺は柔道を始めて一年も経つのに技の一つも習得できていない。投げられてばかりだ。特にK、お前にはよく練習台にさせられたよな・・・。俺はもう限界にきていたんだ」

「限界?」

「そう、限界さ。昨日のことはいいきっかけになった」

そう言われてKは言い返す言葉が見つからなかった。ヤナくんがそう思っていたなんて考えもしなかった。ヤナくんのことをよく知っているようでなにも分かっていなかった。

「・・・でも強くなりたくて入った柔道部だろ」

そう言うのが精いっぱいだった。

「ああ、そのはずだったんだけどな。俺にはやっぱり無理だったんだよ。・・・・・それに・・・・」

「それに?」

ヤナくんはKのその問には答えなかった。答えずにどこか遠くを見つめているような眼をしていた。・・・まるでどこかにいってしまうような。

「じゃあな、俺帰るわ。今日から帰宅部、気軽な人生さ」

ヤナくんは踵を返すとKの前から離れて行ってしまった。

Kはひとり残され、考えていた。

・・・・それに、って何なんだ。

考えても分かるはずもなかった。




それから数年後にヤナくんは病魔に襲われることになる。

筋力が極端に低下する筋ジストロフィーという難病で、それは遺伝的要素の強い病気であり、ヤナくんの父親も同じ病気で亡くなったということをその時はじめて知った。

Kは病院に見舞いに行こうとは考えていたが、中学時代の苦い思い出もあり、またヤナくんも自分の訪問を喜ばないだろうと勝手に決めつけ、ついに見舞いには行かずじまいになってしまった。

ヤナくんの最後の半年は壮絶なものだったらしい。

筋力が低下したためか痩せ細り、呼吸もままならないためにのどからチューブを差し込まれ、毎日「殺せ」と繰り返していたという話をどこかからか聞いた。


ヤナくんはもういない。

最近になってようやくKはヤナくんのことを偲ぶ気持ちになってきた。

あのときのヤナくんの本当の気持ち、思い、今なら分かるような気がしていた。

「それに」の意味も。



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