からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

ようこそ我が家へ

2016-08-01 | 音楽

雨が降ってきたので慌ててコロの住んでいるケージに向かう。

ケージは上部に屋根がないので、シートを被せてやらないと雨が入り込んできて大変だ。

うかうかしているとコロの”巣”の前が水たまりになりびちゃびちゃになってしまう。

私はケージにシートを被せ、ほっと一息ついた。

「元気かい?」

腰をかがめてコロに呼びかけると彼は”巣”の奥の方に丸まって縮こまっている。

心なしかびくびくしているようにも見える。

彼は雨が嫌いなのだ。

「お前も臆病もんだなあ」

そう声をかけてみても、いつもの勇ましさはどこへやら、彼は決して”巣”から出てこない。

いつもは道行く人々に吠えまくるくせに、雨の日は人が通っても見やしない。

困った奴だ。

私はふーとため息をついて彼をみる。

おまえももう10歳になるのか・・・・

私はふと彼と出会った頃のことを思い出した。


あの日私たち一家は、ペットショップを何件か見て回っていた。

お目当てはハムスターだ。

子供たちも大きくなってきたことだし、ここらで生きることの大切さを知るために小動物でも飼うかと私が発言したことがことの発端である。

なぜハムスターなのかと言うと、一緒に住んでいた私の父親が犬猫嫌いで、まあゲージの中で飼う分にはいいだろうという条件のもと、小動物のなかでも一番飼いやすそうなハムスターになったのだ。

でもいざペットショップに行ってみると、いろいろな動物が目に入る。

やれインコがいいだの、金魚でもいいんじゃないなどとのたまうものどもがでてきた。

私たちは、ペットショップを回るうち本来の目的、ハムスターのことはすっかり忘れていた。

そして恐らく4件目であろうか、そこでやっとハムスターのことを思い出し、妻と二人、相談し、ここで買おうということになった。

私は息子たちに意思を伝えるため、目をやると息子たちがその場にいないことに気が付いた。

「おい、あいつらはどうした」

妻に問うと、知らないと言う。

知らないでは済まされない、

慌てて私たちは店内を探した。

店内はそれほど広くはないのに二人ともすぐには見つけ出すことが出来なかった。

途中でハタとまだ探していないコーナーがあるなと思い出し、そのコーナーに行ってみた。

発見。

息子たちは店内の奥にある犬のコーナーにいたのだ。

傍らに定員らしき人物が立っており、次男がなにやら黒き物体を抱き、長男がその様子を見ていた。

子犬か。

近づいて、次男と子犬を見る私。

「犬はダメだぞ」

私が言うと、

「分かっている」

と次男。

「でも、こいつ可愛いだろ」

次男が子犬の喉元を撫でてやると子犬は天使にでも抱かれているように幸せそうな顔をする。

「そうだな」

「顔近づけると舐めてくれるんだぜ、こいつ」

「そうか」

「こいつさ、大人しいんだ。さっきから吠えもしない」

次男はなかなか子犬を手放そうとしない。

次男は子犬をぎゅっと抱きかかえたまま、私を見上げた。

私を見るその目はまるでマリアさま様にお祈りをささげるキリストのような目だ。

私は残酷に思いながらも、彼から子犬を引きはがし傍らにいる店員に手渡した。

「バイバイ」

次男の寂しげな顔が私の目に映った。


結局ハムスターを飼うのはやめた。

次男がいらないと言い出したからだ。

私たちは諦め、車に乗り込み帰途についた。

帰りの道中、次男は一言も言葉を発していなかった。

ミラーを見ると暗い顔をしている。

「どうした」

あまりに無口なので、私が声をかけると彼は首を振るばかりで何も答えなかった。

「コロのことが忘れられないんだよな」

「コロ?」

「あいつ、さっきの犬のことそう呼んでいたんだよ」

長男がそういうと次男はキッと目を見開き、長男を睨んだ。

「コロか」

確かにさっきの子犬にはぴったりの名前だ。

よっぽど気に入ったんだな。

次男は長男と違い、今まで我がままを言ったことことがない。なんでも我慢して心の内に仕舞い込んでしまうしまうタイプだ。

それは、四人兄弟の三男坊の私も同じだった。なにをするのも兄が先、我がままなど言ったことがなかった。

でも、たまには・・・、たまには我がままを通してもいい時があったんじゃないか。

私は次男の今の姿に過去の自分を重ね合わせていた。

よしっ!

私は車をUターンさせ、元来た道を引き返した。

「どうしたの?」

妻がびっくりして私にたずねた。

「戻るんだよ」

「どこに?」

「さっきの店にさ」

「なにか忘れ物?」

「そう、忘れ物。・・・引き取りに行くんだ、・・・コロをね」

「え?本当?」

次男がびっくりした声で叫んだ。

「でも、祖父ちゃんが・・・」

「祖父ちゃんも分かってくれるさ」

私は確証もなくそう言った。確証はなかったが、何故だか父はうんと言ってくれるようなそんな気がしていた。

私は車を走らせながら、コロを迎えにいったら何をしてあげようかと考えていた。

迎えに行ったら、まず次男がコロを抱きかかえて車に乗り込む。

一緒に車に乗ったコロは今までの自分の世界と違う世界があることに気付くだろう。

恐らく落ち着かないに違いない。

それを次男が一生懸命宥めてあげる。

やがて、コロの驚きは興味へと変わりじっと移り変わる外の景色をみる。

そして家に着く。

家に着いたら?そう、家に着いたら・・・・、

私は真っ先に車から降り、我が家の扉を開け、コロにこう言うんだ。

我が家へようこそ。



Time Travel (Budokan'78 ver.) / 原田真二

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2 コメント

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思わず涙 (のしてんてん)
2016-08-02 08:39:29
名月に吠える犬。
横で見守る人影。

2つの詩人の影、その秘密があかされました^ね^

真実に触れる優しい心というのは、

どうしてこんなにヒトの胸を熱くさせるのでしょうか。

ありがとうございました。
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Re. (からく)
2016-08-02 10:47:44
のしてんてんさま、コメントありがとうございました。

共に成長したコロと次男、今では二人の関係はつかず離れずの丁度よい距離を保ち続けているようです。

そんな二人の関係に少々の嫉妬をおぼえるからくです。

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