卯月の日常

グルメ、旅、時々猫

デイサービス♪

2012年11月30日 07時58分41秒 | 家族

 

ケアマネージャーさんとも相談した結果、先週から土日除く平日に「デイサービス」を利用しています。

24時間監視しているのはさすがに辛いしね。

おかげさまでいまのところ、順調に通い続けております。

施設には同年輩の男性もいらっしゃるらしく 昔話で盛り上がっているみたい。

帰宅後 20分ほどは楽しそうにしています。
その後は忘れていきます。<残念

友達にも言われたけど、サービスを受けることってほんとお互いのためになるんだなと実感しました。
家族それぞれにゆとりが出来る。
そして義父にも少しだけ優しくできる。

 

うん、いまのところ間違ってはなかったと思う。

月間 3万5千円くらいの出費だけど、それ以上の価値はあると思います。



ケアマネさんとの語らいのなかで・・・

「卯月さんはお若いのによく頑張ってらっしゃいますよ、本当に。」

と褒められることがあります。

社交辞令かもしれませんが、そうか・・私頑張ってるのか・・?となんか不思議に思いますね。

だって出来るだけ楽な介護を!を目指しているから、そんな風に思われるのはなんか違和感感じます。

主人が仕事しているときに 心配事が無くなる様に・・・とか
卯月父が落ち着いて 外出できたり、トイレに行けたりするように・・とか、考えると必然的にサービスを利用するしかありませんし。

そして何より義父自身が、デイサービスの中で、いろんな人と接することができて脳に刺激が与えらればいいなあと思います。

 

ちなみに9月から行っていた治験は中止しました。
どうも、体に合わない気がしたので。


 

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「助け船」

2012年11月19日 03時21分01秒 | 家族

 

旅記事からまたもや話は反れます。スミマセン。

 

前回の「徘徊もどき」の一件から 家族一人ひとりが「神経」を研ぎ澄ますようになりました。


外出も一人では絶対にさせない。

部屋の外に出るときは必ずチェックする・・・等、まるで囚人状態の義父。

ハッキリいって、気の毒です。

 

日中、主人が家にいないので、何かあったら私と父が対処しなくてはなりません。
父には父の生活スタイルがあるし・・・私も四六時中、義父と一緒にいることは不可能です。<というかしたくない

あったかい飲み物をもって、おやつもって、部屋に偵察に行く・・という行動を日に数回行い、
義父がどんな状態かチェックしています。

ここ一ヶ月、悩んでいた事の一つに「週二回のリハビリの停止」があります。

義父はリハビリの当日、お迎えを待つ・・ことなく、自分から家を出て、センターに行こうとします。
この間もちょっとの隙に家を出て、隣村まで歩いているところを 見つけた親戚のおばさんから主人に連絡があり、
主人から私に連絡があり・・・・あわてて 義父を回収しに走ったしだいです。

ケアマネージャーさんに伝えたところ、「わかりました。中止しましょう。」と快諾して下さいました。

そして・・・生活に支障をきたし始めていると相談すると、いろんな提案を受けました。

アルツハイマー診断からもうすぐ4年。

まだイケる・・・・そればかり考えていましたが、私の精神的疲労と、その疲労をまともに受けてしまう主人。
そして年老いている父のことを考えたら、そろそろ何かに頼ってもいいんじゃないかと・・・・。

 

「ちょっとクリーニングに行ってくるね!部屋から出ないでね。外に行かないでね」

実験的に、 二時間 義父を一人にしました。
最後の見極めでした。

二時間後 私が帰宅すると 義父は部屋に居ました。

しかし、外出した痕跡がありました・・・。

庭の柿をもぎ取り、家の側に置いてあったのと、汚れた衣類が放置されていたことがその証拠でした。

部屋に無事戻ってきた理由は分かりません。
本人が運良く気付いたのでしょう。

この事により・・・・まだ大丈夫かもしれない・・・と安易に考えることは出来なくなりました。

次は違う場所へ移動するかもしれない。
また大けがをするかもしれない。
行方不明になって、警察沙汰になるかもしれない。


全て最悪の場合の想定をしなくてはなりません。

私はケアマネージャーさんの提案の一つを実行に移すことにしました。

デイサービス」です。

朝から夕方まで義父を施設で預かってもらう、一般的な介護方法です。

介護保険適用で 一日1500円(昼食付)を安いと捉えるか、高いと捉えるか・・・

取り敢えず月曜日から金曜日まで週5日間お願いすることにしました。

これから雪の季節に突入します。
義父は、雪が積もれば外に出たがります。
もちろん雪すかしの為です。
屋根の上にも上りたがります。

危険性は増す一方です。

サービスを受けることで、私と父は少なくとも神経が緩みます。
出来ることも多くなり、時間の拘束などもなくなります。

主人も心おきなく仕事出来ることだと思います。


ただ、やはり心配なのは義父の様子。
家に帰ってきてからどんな感じになるんだろうか・・・。

疎外感を感じないか?
自分の居場所が無くなったと誤解しないだろうか?

病の進行も気になるところです。

それでもまずは一歩、踏み出してみようと思います。



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「義父の徘徊もどき」(長文注意)

2012年10月19日 19時11分28秒 | 家族

 

 

いやはや・・・・京都から無事に戻ってきました!


今回は主人の出張にちんまりと付いていったわけですが(京都で買い物することを算段していた)、
いつもはあまり訪れない場所を よく歩いたな~・・・というのが感想です。

京都記事については後ほどまとめたいと思います!

 

さて、少し時間を遡ります。

主人の記事にもありますが、義父が徘徊もどき?を始めました。
始めた・・というのは語弊があるな・・・・まずは一回目といったところでしょうか。

先日、お昼前から用事で夫婦共々でかけており、家には義父と卯月の父のみ。
これは日常的なことなので別に珍しくもありません。

朝、パンとジュースを飲んだあと、部屋でおとなしく本を読んでいたはずの義父。
私達が出掛けると同時くらいに 庭先へと出て行ったそうです。

いつも通り、草むしりやらなんやら・・・と思い、卯月父は放置。
これも別段、珍しいことではありません。

しかしお昼になっても帰ってこないので、一応捜しに出る卯月父。

家の周りにいないので 散歩かなあと思う。
卯月父は結構心配性なので何度も捜す。

午後3時半。

再度 義父の名前を呼び、川の方まで捜しにいくが見あたらない。


ちなみに川の堤防を歩くのが義父の散歩スタイル。<以前私が発見した
名前を呼んでも返事が無いときもある<これは自分の仕事を邪魔されたくない為>

川に人影もないので、ちょっと心配になる卯月父。

午後4時頃、私達も帰宅。

私も主人もどうせどこかで草を引っこ抜いているんだろうと、放置。
(疲れていた所為で思考能力もあまりない)

午後6時・・食事の準備を始めた私は・・・外がどんどん暗くなるのをみて義父を捜しに出掛ける。
案の定 家の周りには居らず・・・。

午後7時、主人は消防の用事の為、家を出る。

ご飯の時間には必ず?帰ってきていた義父なのでしばらく待つ。

私は辺りが暗くなった田んぼの畦道と川の堤防を懐中電灯で照らしながら 大声で捜した。

・・・・ヤバイ・・・・居ない

主人に電話するも、「また帰って来るやろ」と呑気な返事。

私は行きそうなところは田んぼか家の庭か川の堤防・・くらいしか知らない。

もしかして本当に川に落ちて流されて居るんじゃ?
懐中電灯で川を捜索、大声で名前を呼びまくる。

見当たらない・・・冷や汗

 

辺りは真っ暗だし、私だけでは捜索しきれない。
ここで「駐在さん」にお願いするしか方法はないなと覚悟した。
消防にも頼まなくてはならないかも・・・携帯片手に電話しようと思い家へと戻る。

もう一度、納屋の中を見てみようと入った瞬間・・・・

 

 

お義父さんがそこにいた・・・

 

それも憔悴しきっていて、体中に草をつけ、よくよく見てみると裸足。

「お、おとうさん・・・・・帰ってこれたんか・・・・」

どこに行ってたの??という問いかけはあまりに愚問。
もちろん、後ほど聞きましたが、分からない・・・とのこと。

足は泥だらけ、切り傷がチョコチョコ。


「・・・自分でも分からないが暗くなって・・・しばらくして帰らんなんなーと思った」

「家に居ると、死ぬことについて考えてしまうから散歩でもしようかと思った」

「寒くもなんともないけど足の裏が痛いかな」

まとめるとこんな感じのことだけ聞き出せた。

バケツをもってきて、足を洗ってあげ、タオルでごしごしと拭く。

「他に痛いところない?怪我しとらんの?」

「なーん、大丈夫大丈夫、少し足の裏が痛くて歩きにくいだけ」

あまり信用してなかったが、骨折などの類は見当たらないので とにかく風呂場へ直行させシャワーを浴びさせる。

30分ほど自分で頭と体を洗い、着替えもへんてこりんながら済ませた義父。

かれこれ9時間ほどご飯を食べていないのでおなか空いているはず・・と義父の部屋にご飯を運ぶ。

着替え終わった義父を二階へと誘導。
足が少し痛むというのは本当で、びっこをひく感じに見えた。
階段では私が後ろから支え、なんとか上りきった・・その瞬間・・・・


ボタボタ ボタ・・・・・

 

床に真っ赤な血が・・・。
それはあっというまに血溜まりになった。

のんきにも私は「お義父さん、鼻血?」と聞き、顔を見たが何も出ていない。

じゃあ・・この血どこから?と体を見渡すと ステテコを握り締めている義父の太ももあたりが真っ赤に。

 ぎゃあ!!!なんだ??これ!!!

とにかくベッドに腰をかけさせ、握り締めていた手をゆっくり開いてみる。


小指付け根にぱっくりと赤黒い傷が口をあけていた。


その傷を目した私は一瞬クラッとした。

ど、どないなってんねん、これ・・・・深いやん。

まずゆっくり小指を伸ばしてもらう。

本人は「ありゃ?こんな傷どこでついたんやろ・・・」と呑気。

「い、いたくないのん?」

「全然痛くない」

 

う、うそぉ~・・・

指は繋がっているし、動かすことも出来るから・・と思ったけど、
もしかしたら神経に届いているかもしれん。

手をぐるぐるとティッシュで巻きながら 主人に連絡、その後救急車を呼ぶ。
救急車を呼ぶのにかなり躊躇ったが、卯月父も「呼べ」といったので、思い切った。

義父、その間に何度もティッシュを剥がそうとする。

救急の電話口からは「ギュッと手を包んでおいてください」と言われる。

ティッシュのおかげで少しは止血できたようだけど、そのあいだに床の血を拭き取る。
うーん、かなりの量だな。

救急車はスピーディにやってきた。<当然
そして救急隊員には村の人が混じっていた(笑)。

「おいおい どないしたんや?」

義父、笑いながら対応。

「ちょっとどっかで切ったかもしれんが覚えてない なーん、大したことないと思うがやけど。」

 そう、119番通報をしたときも、「アルツハイマーなのでどこで何をしたか全く分かりません」と答えるしかない。

本当に情報0なのだ。

かけつけた主人に救急車へ乗り込んでもらい、私は少ししてから着替えと保険証をもって病院へ駆けつけた。

義父はとても元気で、「靴はどこにおいてきたやろうか」ばかり気にしていた。
もちろん、その時はちゃんと履いているが、徘徊中の靴は結局見つからなかった。

病院側の対応はよく、内科医が救急にいたけれど、すぐに整形外科のお医者さんを金沢から呼びつけてくれた。

神経、血管は無事だが、脂肪層を深く切っているので、4針縫わなくてはならないらしい。

無事、縫合手術?も終わり、帰宅してからご飯を食べ、義父はようやくゆったりとくつろげたようだ。

手についてはあまりよく分からないらしく、 「なんでこんな包帯まいてるんやっけ?」とブツブツ言っていた。

何の目的で、どんな所を通って、散歩に出掛けたか・・・・・情報はほぼゼロ。

靴はどこに脱いできたのか、どこで怪我をしたのか、何故長時間帰ってこなかったのか・・・

まったく理由が分からない。


しかし、家には帰宅できたので「徘徊」と決めつけるのは難しいのかもしれない。

なので「徘徊もどき」とします。

義父は今日も包帯をみつめ「そろそろ包帯をとってもいいんじゃないかな」と勝手な判断を呟いておりました。

病院の診察で医者が包帯をめくって傷口を診ているときにも

「ありゃ?こんなところに糸(もちろん縫合した糸)がついとる、とらんなん」

と手を伸ばし、慌てて私と医者に止められていました。(笑)

おかげさまで傷口は綺麗らしく来週抜糸のようです。

それまで義父が大人しくしていてくれるか・・・・・まったくもって不安です。

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義父とデパート

2012年10月14日 15時44分51秒 | 家族

 

香林坊大和では大北海道展開催中!

大学病院の診察の帰り、 「ちょっと覗いていくかな」 と気軽な気持ちで義父を連れて立ち寄った。

案の定、北海道展はすごい客数。

地下駐車場から 一階へ出るためにもエレベーターを数台待たなくてはならないほど。

義父はわたしの後ろにいた。
私は先陣きってエレベーターへ。
義父もついてきているものと信じて・・・。

そして、一階・・・・。

チーン

一階でどはぁ!!っと人が降り、私は義父へ「降りるよ」と呼びかける。

返事がない。

ん・・・・????お、おとうさん???

 

「お義父さーーーーーーーーーーん」

 

そんなでかいエレベーターでもないだろうに、私は必死で呼んだ。
しかし声も姿も見えない。

エレベーターは最上階の北海道展へいくお客でさらに満員だった。

焦った私はとにかく一階でそのエレベーターを見送る。

あ、あれ?もしかして違うエレベーターに乗りこんだ??

これはやばい!!(思考はスピードアップ 悪い方向へ)

その辺にいる警備員さんに頼もうか・・いや、呼び出しアナウンスをかけてもらおうか・・・。<無駄だとわかっていても考える

 

よ・・・よし!とにかく、地下駐車場へもどろう!

 

しかし大和のエレベーターは全てが北海道展目指して上昇中

ジリジリ待っているのが苛立った。
階段で行くか・・・!!?

焦っても仕方ない。

やっとこさ降りてきたエレベーターに乗り込んで 地下へ。<これも各駅停車でイラつく

どはーっと客が地下駐車場へ流れ・・その向こうにベンチに座りボーっとしている義父発見。

 

奇跡だ・・・・ちゃんと座って待っていた義父!!

 

義父、笑いながら「待ってなかったら卯月ちゃんが困ると思って・・・・」

よかった、まだそのくらいの判断はつくんだな。ありがとう、あんなに義父に感謝したことはない!!

 

今回は完全に私のミスだった。

もう、ほんと・・・・心臓痛かった・・・半泣きになった。

もし、大和の外へ出ていたら・・とか、いろんな可能性を考えてしまった。

しばらく人ごみの中へは一緒に行きません。


その後、北海道展は諦めて・・・地下で義父と珈琲を飲んで帰りましたとさ。


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「敬老の日」

2012年09月17日 21時02分43秒 | 家族

 

今日は敬老の日でしたね。我が家にも敬老すべき人物が二人いますが、
あくまでも「父」という感覚が強いため、特に何もしませんでした。
しかし、突然「義姉&双子」登場。
「おじいちゃんへ!」とプレゼントを持ってきてくれたのだ。

可愛いポップコーンと包装された造花。

義父にとっては何よりの喜びは双子。
双子を顔を見れたから、他のこと(←プレゼント)はどうでも良い。

おかげさまで・・・・・双子と別れ自分の部屋に戻る頃には「これらのプレゼント」を

誰からもらったのかすら忘れていました。

 

主人が出先から帰ってきて 「ん?このポップコーン、誰からもらったの?」と義父にたずねると

「ん?これは昨日・・・どうでもいい人からもらった・・・・<あやふや>」

と答えておりました。

 

そして夕食のころには 双子が会いに来てくれたことも忘れてしまっていました。

その一瞬の喜びだけが義父へのプレゼントとなったわけです。

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最近の義父 (注:愚痴多し・・・)

2012年09月04日 09時04分29秒 | 家族

 

さて、義父がアルツハイマーと診断されて3年と半年が過ぎました。

アリセプト一錠でいまだにがんばっているのですが・・・・なんというか最近になって悪い面も見え隠れしてきました。

元々、「活発」にさせる作用があるこの薬。
身体が元気な義父にとっては、とにかく渡りに船のような薬です。

朝も早くから、草むしりに始まり、田んぼへ突撃。
気温がぐんぐん上がってきても帽子もかぶらずひたすら作業。
稲を倒しながら、泥だらけ。

「おとーーーーーさーーーーん、かえってきて!」

と叫んでも

「ちょっとだけ」

となかなか帰ってこない。

玄関で待機して、泥だらけの服を脱がせる。
そしてシャワーへGO。

これが一日1回ならば我慢も出来る。

洗い上がってさっぱりした身体を維持できるのはほんの数時間。
少し部屋で休んだら いつの間にかお外へGO!
そしてヘビーローテーション並みの日常。



ちなみに最近出来なくなったこと。

カレンダーが読めない。

今日何日か分からないというのもあるが、どういう風に読んだらいいかわからない。
私は過ぎ去った日はピンクでバツを付けている。
だから2日にバツがあるということは、今日は3日・・・という感じに理解してもらいたいのだけど、
それがもう無理!

書き置きが理解できない。

「今日、リハビリですよ」と書いた紙・・・・その場では「うんうん」と納得の義父。
しかし少しトイレや階下に向かうとすっかり忘れる。
忘れるだけでなく「今日リハビリやったか?」と真っ新な頭に・・・。

リハビリの無い日に限って「外でお迎えを待つ」という行動にでるのも不可解なところ。
ちなみに2時間でも3時間でも草むしりをしながら待つ・・・。
しまいには「迎えが来ない!歩いていかんなん!」と怒りながら文句を言う。
もちろん徒歩圏内で無い。<徒歩でゆうに1時間はかかるだろう>

シャンプーやボディソープなどの判別が不能。

これは、想定内のことだったけれども、突然できなくなった。
主人のコンディショナーで一生懸命身体を洗っていたのを主人は唖然と見ていた。

だから・・・義父のシャンプーには大きく名前を書いておくことに。
少なくともシャンプーだけは今のとこ間違わなくなった・・と思う。

理解能力欠如。

これも想定内だけれども、最近特にひどい。
話が通じていない・・・手応えがない・・・。
だけれども 義父の性格のせいか?返事だけは「そうか、うん、わかった」「なるほど」の繰り返し。
でも3秒で忘れる。<これはもう半年ほど前から>

その他 諸々 出来なくなってきたことは多い。

いまのところ、トイレの不始末はなく、着替えもヘンテコなりに自分でがんばっている。




しかしたまに泣けてくる。
これはストレスから来るものだと思うんだけど、じわっと胸の奥から染み出す何かがとても辛い。

義父のほうが辛い。
でも家族もしんどい。

同じ事を何度も義父に言う自分にも泣けてくる。

主人もそうだ。
最近、諦めモードに入っているが、まだまだ達観出来てないのでストレスは増大中。
おかげで漢方薬は手放せない。

しんどい・・・とにかく しんどいんだ。
精神の疲労は身体の疲労へと繋がる。

いまを乗り越えたら「楽」になるなら頑張るよ。

義父が「楽」になるなら我慢もするよ。

でも決してそうではない。
決して楽になることはないんだ。

その現実を前に 為す術がない私達は泣くしかない。

楽しみにしている外食も最近ではテンションが上がらない。
主人は違う方向へと意識転換し始めている。
私もそれに習って、何か考えなくてはならない。
このしんどさ、辛さをどうにかして乗り越えるしかない。

 

私達の「ケアマネージャー」さんは優しい。
決して 「今」を軽んじたりしない。
限界まで我慢することはない・・と教えてくれる。

私の「父」の存在も少なからず大きい。
やはり留守にしているとき、頼りになるからだ。
何かあったらすぐに連絡もしてくれるし。
だけども 既に78歳。
義父よりも9歳も年上だ。
いつ、何が起こるか分からない。

 

介護って・・・・介護って どうあがいても どうあがいても こんなにしんどいものなんだろうか。

 

 

 


 

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「大叔母たちの帰省」

2012年08月17日 16時38分34秒 | 家族

 

 

毎年恒例、大叔母たちのお盆帰り。

年々、身体のアチコチが痛む・・とか、具合が悪いとか仰るのですが、この日だけは嬉しそうに我が家に帰ってこられます。

驚くべきは、その頭の回転の良さ。
一番年長の大叔母が92歳にもかかわらず、しっかりと会話を楽しみ、更に冗談まで!


それらに相づちをうちながらも、なかなか当を得た返答が出来ない義父。
やっぱりアルツハイマーという病気はそういう能力も根こそぎ奪っていくんだなと思いました。


去年、大叔母たちの兄弟の一人が亡くなられ、ちょっと寂しい気持ちもあったのか、大昔の話に花が咲きまくり!(笑)。

普段、滅多に会うことがなくなった兄弟との時間は何よりも貴重なもののようです。

今回のお昼はかなり楽をさせていただきました。
カジマートのオードブル<揚げ物をほとんどカット!

いつもは手作りをモットーとしているのですが、手の都合が悪く、疲労もどっぷり。
なので、おにぎりとラタトゥイユ、お味噌汁だけを作りました。
おにぎりの梅ひじきが好評でした。

来年はがんばります・・・・汗。

本来なら、双子と義姉も交えて更に賑やかさを増すところだったのですが、
双妹が高熱を出してダウン!

大叔母たちが帰った後に、様子をみにいきました。

二人には新しい洋服をプレゼントしたのですが、同じデザインじゃない上、色合いの違いからか、

壮絶な取り合いに・・・・・・・

双姉 譲らず・・・・・、双妹・・・熱のせいもあってワンワン泣き出す。

お揃いが好き!という可愛い理由ではなく、ただ単に好みがかぶっただけ。


この辺り、じゃんけんで済むならそうしてほしいのですが、
昨今の教育方針からか、「好みじゃない物を無理矢理着させるのはNG」っぽいので、
義姉、お店へ返品交換に行くと言い出す。
もし同じものがなければ、好みのお洋服を買ってあげるというのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

私達の時代のそれとは違うと分かっていたけど、なんとまあ・・・

甘やかした考え だこと。<あ、決して否定ではありません(笑)

以前、主人と私は義姉に「双子を連れてデパートに服を買いにいこうと思うんだけど」と提案したことがありました。

デパートの服なんかまだ早いし・・・・とか何とか言われ 結局お流れに。

その頃の(半年前)考えは180度ころっと回転したようで、

「今度から、二人を連れて買いに行ってくれるぅ?」

と義姉のバツの悪そうな言葉。


主人が義姉に立腹する理由はこの辺りにあります。

 

ま、それでも、私達にはかわいい姪っ子たち。
叔父として叔母としてがんばりますよ。



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双子とかくれんぼ

2012年06月22日 23時49分55秒 | 家族

 

久々に子供の笑い声が我が家に響き渡りました。

双子がやってきました。
元気いっぱいです。

いつでも最小単位が2人なので、とにかく遊ぶことに事欠きません。
しかし今回は私も巻き込まれてしまいました。

「かくれんぼするから 卯月ちゃん、鬼して~!」

と叫び、家中バタバタと走り回ります。

「え~・・・私が鬼ぃ?めんどくさいなあ・・・・」

そう文句を言っても、ノリの悪い叔母でありたくないのでちょっとだけ頑張ってみます。
我が家はクローゼットがたくさんあるので双子にとっても隠れ甲斐があるようです。

ま、豪邸じゃないんだからすぐに見つけますけどね(笑)。

結局3戦参加、疲れ果てました。

大満足のご様子・・・何よりです。

大きくなりました。
ほんと・・いまだに「ミルク」を飲んでいた二人を思い出します。

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「父の誕生日」

2012年06月01日 08時25分59秒 | 家族

先日、卯月父の誕生日でした。
78歳です。

78歳にしては若いほうだと思いますが、年々物忘れはするようになっていますね。
でも身体もどこも悪くない、強いて言えば耳が聴こえにくいくらいかな。
ここまで生きたら、また後10年・・といった感じで
先を見据えながらゆっくり過ごしていくようです。

ふと思ったことが口から出ました。

「お父さんが長生きすんのはいいけど、私らのほうがどんどん年取っていくよ」

頭に浮かぶのは介護のこと。

うちらの体力の低下もあるでしょうし、すでにアルツハイマーの義父がいるので
父には出来るだけしゃっきりとしていてほしいです。

「そうやな・・・・(笑)」

笑い事になりましたが、実際重要な問題です。

あと10年、無事に生きれて私達は45。
これからの10年、結構勝負かもしれない・・・。
さらに10年・・となると想像付かないなあ。

長生きするつもりはあまりないし、出来ないと思うけど
せめて親を看取るくらいはしてあげたいもんね。

ま、美味しいものを美味しいといいながら食べられるシアワセは
長生きしてよかったと感じる一番の要因かもしれませんね。

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「義父、丸三年」

2012年02月09日 22時53分58秒 | 家族

 

主人のブログにもありますが「義父、アルツハイマー歴 丸三年」となりました。

もう三年・・・まだ三年・・・どちらとも言える「三年」でした。

普段、こちらのブログではあまり義父の事について書かないようにしています。
ま、書いたところで楽しいことはあまりないので。

「アリセプト」

この薬だけでこの3年間やってきました。
いや・・途中、治験がありましたが、基本「一種類」のみです。

義父は薬も嫌がらず服用してくれます。
「今日・・飲んだかな?」と聞いてくることもあります。<奇跡!

おかげさまで、さほど急激に進行もせずのらりくらりと見守ることが出来ています。


主人においては「達観」しているので、最近ではあまり怒ることはなくなりました。
まあ、余程聞き分けない時は怒りますが・・・。

逆に、私に余裕がなくなってきました。
義父は、確実に一つずつ出来ない事が増えてきています。

文字を頭で認識できない(読むことは出来る・理解ができない)」

「こちらの質問に的確に応えることが難しい」

「時間感覚があやふや(時計をみてもイマイチわからない)」



等々・・・

細かいことを言えばキリがありません。
でも、まあ食欲もあるし、自分でお箸ももてるし、ご飯を美味しいと感じてくれるし・・・とにかく良しとしましょう。

だって身支度もできますよ?

髭も自分で剃れます。
頭もセットできます。歯磨きもします。
着替えはヘンテコですが、なんとか出来ます。

これ以上、今の時点で求める方がおかしいのかもしれません。

こんなことを書いていて複雑な気分になってきます。

義父はまだ69歳。

孫も二人いて・・・普通なら一緒にお出かけしたり旅行したり出来たでしょう。
毎日・・・本当にどんな気持ちで生活しているのかを考えたら、胸が痛くなります。

こんな事を考えながらも、現実の苛立ちは私を襲いますし、主人もそれを受け止めなくてはなりません。

私達も老いていきますし、後々のことを考えると頭痛がします。

それでも「一歩一歩、あまり遠くを見ずに・・・」を心がけていこうと思います。

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