ゲイリー・グレイディ/スーザン・ゴールドバーグ/レイモンド・エドワーズ著 / 各務三郎訳『シャーロック・ホームズ10の怪事件』(1986年、二見書房)

2番目の事件、「放蕩息子の死(1888年7月4日)」を捜査する。ネタバレあり。

ベーカー街221のBに顔を出したとき、ホームズは、いつかのワトスン博士の描写どおりの姿をみせていた。ものうげで、まわりのことにまるで無関心なのである。
「コカイン注射をがまんしているのだ」
ワトスン博士は小声でいうと、手にした新聞の切り抜きをぼくらに見せながら、「これならコカインがわりになると思うがね」
「ロイヤル・イタリア・サーカスで綱渡り芸人が墜落死。殺人の疑いあり。ねえ、ホームズ、どう思うね?」
応答なし。
「また社交界泥棒か。ふう、連続宝石窃盗事件か。6月2日から17日にかけて6件。7月2日、サンフォード・リーズ卿邸で7件目の事件発生か。"クレオパトラの冠型髪飾り"盗まる。これまでと同様、ほかに物色の形跡なく、この髪飾りだけが狙われた。事件当夜、被害を受けた家族は外出中。読みたければ、事件のいきさつは、ここに全部あるよ、ホームズ」
沈黙。
「おや、こいつは妙な事件だぞ、ホームズ。客を乗せた馬車。行先がちがうことに気づいた客が御者に声をかけたが、返事がなかった。なんと、御者台に坐ったまま、御者は死んでいたんだってさ。背中にはナイフが突き刺さっていた!警官はようやく馬車を止めた。御者の首にはローマ時代のコインが30枚入った袋がぶらさがっていた」
と、突然ホームズが大声でいった。
「だから、ばかだっていうんだ!そのままついていけば、馬は犯罪現場まで案内していたはずなんだ!ワトスン君、ちょっとそいつを見せてくれたまえ」
ふだんの活気をとりもどしたホームズが、夢中になって切り抜きを読んでいたとき、玄関のベルが鳴った。