本当の人間関係を学び続ける学徒のつぶやき

人間関係学を学び続ける学徒の試行錯誤

高齢者福祉施設に求められる現代的役割

2019-05-30 15:39:53 | コラム

 わが国では、2000年に施行された介護保険法に基づき、「個人の尊厳の保持」「自立した日常生活の保障」「国民の共同連帯」を基本的な理念とする介護保険制度が成立した。その背景には、1960年代の高度経済成長期以降に急激に進展したわが国の高齢化がある。それまで一般的であった、家庭内の女性の無償労働による高齢者介護は限界となり、社会連帯の精神によって社会全体で支えていくことが求められた。そして、国内での「居宅サービスを中心に、可能な限り地域社会における生活の継続性を保ち、利用者の尊厳や自己実現を目指す援助のあり方を求め」(注1)る居宅主義の思想の広がりを受け、2006年の介護保険法改正によって「地域で支える介護」が重視されるようになり、全国に地域包括支援センターが設置され、小規模多機能居宅型介護等の地域密着型サービスが創設された。

 このような介護保険の流れの中で、介護老人福祉施設(以下、特養)、介護老人保健施設(以下、老健)等の施設サービスや小規模多機能型居宅介護等の地域密着型サービスが地域に展開されている。特養は、要介護認定の条件があるが、終身利用が可能なため「終の棲家」として長期間居住できるが、入居待機者が多く数か月以上待たされる場合がある。一方、老健は、特養と比べると待機者は少なく要介護15の認定であれば入居が可能である。しかし、入居期間は原則3ヵ月で、特に低所得者にとっては特養入所までの待機場所として利用されることも少なくない。小規模多機能型居宅介護は、通所サービスを中心として、自宅への訪問やショートステイを組み合わせたサービスを提供する。

 高齢者はこのような施設サービスの中から自分の生活に合った施設を選び、サービス提供者と利用契約を締結して施設を利用することになるが、施設利用には「高齢者の尊厳や自己実現を目指す」という視点が重要である。

 高齢者はエイジズムなど「老い」に対する偏見によって地域から排除されることがあるが、これは「老い」≒「病」≒「死」を忌む精神性に根ざしていると考えられる。このような環境においては高齢者や老人福祉施設は地域から隠ぺい・隔離され、高齢者の尊厳や自己実現の達成は困難となる。このような事態を改善するためには、特に特養のような施設は、施設の社会化を進め、終末期ケア専門職や機関等と連携して人間の「老い」や「死」の存在を地域住民により積極的に発信し、共感を育んでいくことが必要ではないだろうか。

 アメリカの医師であるアトゥール・ガワンデは著書『死すべき定め』で「『死にゆく者の役割』が臨終で果たす重要性」を指摘し、「この役割は死にゆく人にとっても残された人にとっても人生を通じて最も重要なことである。」(注2)と述べている。死にゆく者としての高齢者の生活、そして人生を様々な局面で地域を巻き込みながら支えていくことが、これからの高齢者福祉施設を中心とした社会福祉施設に求められている。

 

〔引用文献〕

(1)   新・社会福祉士養成講座4「現代社会と福祉」第4版第4刷 中央法規、2018年 p.184

(2) 「死すべき定め 死に行く人に何ができるか」 アトゥール・ガワンデ著 原井弘明訳  みすず書房 2016年 p.250

〔参考文献〕

1.  新・社会福祉士養成講座4「現代社会と福祉」第4版第4刷 中央法規、2018

2. 「死すべき定め 死に行く人に何ができるか」アトゥール・ガワンデ著 原井弘明訳  みすず書房 2016

3.  新・社会福祉士養成講座13「高齢者に対する支援と介護保険制度」第5版第4刷 中央法規、2016年 

4.  新福祉国家構想⑥「老後不安社会からの転換——介護保険から高齢者ケア保障へ」 岡崎祐司・福祉国家構想研究会編

   大月書店 2017

5. 「高齢者福祉の世界〔補訂版〕」 編者 直井道子 中野いく子 和気純子、 補訂版第2刷    有斐閣アルマ、2016

6. 「柔らかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ よくわかる地域福祉 第5版」上野谷加代子・松端克文・山縣文治編

      第5刷  ミネルヴァ書房 2018