わが国では脳血管疾患は脳卒中と呼ばれ、突然に発症し死または重度の後遺症をきたす救急疾患として恐れられてきた。厚生労働省によれば、平成29年の脳血管疾患によるわが国の死亡数は死亡総数の8.2%を占め、死因順位は悪性新生物、心疾患に次ぎ第3位である。また、脳血管疾患は平成28年の要介護5(寝たきり)となる最大の原因となっている。
脳血管疾患には主に血管が詰まる脳梗塞と脳内の血管が破れる脳出血がある。脳梗塞には、脳内小動脈病変が原因のラクナ梗塞、頸部~頭蓋内の比較的大きな動脈の粥状硬化巣が原因のアテローム血栓性脳梗塞、心疾患による心原性脳塞栓の3つの病型がある。また、脳梗塞の前触れとして一過性脳虚血発作(TIA)が注目される。TIAは内頚動脈の血栓が離れて脳の小動脈を閉塞して発症するが、すぐに溶解し意識障害は短時間で消失する。脳梗塞の発症は脳出血に比べると穏やかで意識障害も比較的軽いが、閉塞する脳血管によって失語などの高次脳機能障害が出現する。また、回復後も運動麻痺(片麻痺)や高次脳機能障害が残りやすい。脳出血には脳の内部で出血する脳内出血と、脳の表面を走る主幹脳動脈内の動脈瘤が破れるクモ膜下出血がある。脳出血の発症は前駆症状がなく、いきなり半昏睡または昏睡状態となる。クモ膜下出血の場合は突然の激しい頭痛や嘔吐、意識障害などの症状がある。意識障害が重い場合は予後不良で、一命をとりとめた場合も運動障害や高次脳機能障害などの重い後遺症が残る。
日本脳卒中学会は、高血圧症、糖尿病、脂質異常症、心房細動、喫煙、飲酒を主な脳血管疾患の危険因子として挙げ、高血圧症を「脳出血と脳梗塞に共通の最大の危険因子」(注1)とし、糖尿病、脂質異常症、心房細動を脳梗塞の危険因子とする。また、喫煙は脳梗塞のリスク、大量の飲酒は脳出血のリスクを高めるとする。そして、医療機関を中心に日頃の食べ過ぎや飲み過ぎ、喫煙や運動不足を慎み生活を改善して高血圧症、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病を予防・改善することが、動脈硬化と脳血管疾患の予防につながると広く社会に啓蒙活動が展開されている。
しかし、生活習慣病の背後には生活者のストレスがある。単に医学モデルの視点で、生活改善を啓蒙するだけではなく、人と環境との交互関係という生活モデルの視点からこの生活者のストレスを捉える必要がある。現代社会ではさまざまな障害や困難を抱えた人に対するセーフティネットやソーシャルインクルージョンが不十分であることが人と環境との関係のストレスになっているのではないか。脳血管疾患の後遺症のため障害を抱えて生きていかざるを得なくなった人の自分自身への葛藤、家族に対する焦燥を我々は自分自身の不安として共有すべきである。そして、障害を抱える人の生存権が十分に保障された社会を構築することこそが、この不安とストレスを軽減し脳血管疾患を含む社会全体の病理を改善することを知らなくてはならない。
〔引用文献〕
(注1) 一般社団法人日本脳卒中学会 ホームページ http://www.jsts.gr.jp/jss08.html
脳卒中治療ガイドライン 2009 p.21 http://www.jsts.gr.jp/jss51.html
3-1 脳卒中一般の危険因子の管理 高血圧症 http://www.jsts.gr.jp/guideline/021_024.pdf
〔参考文献〕
1. 国立循環器病研究センター病院 ホームページ http://www.ncvc.go.jp/hospital/
2. 公益社団法人 日本脳卒中協会 ホームページ http://www.jsa-web.org/
*「寝たきりにならないために 今日からできる脳卒中予防!」
http://task-af.jp/wp/wp-content/uploads/2018/03/tool_05.pdf
3. 一般社団法人日本脳卒中学会 ホームページ http://www.jsts.gr.jp/jss08.html
4. 一般社団法人 日本生活習慣病予防協会 ホームページ
http://www.seikatsusyukanbyo.com/guide/cerebral-infarction.php
5. 厚生労働省 平成29年(2017)人口動態統計(確定数)の概況
*第6表 性別にみた死因順位(第10位まで)別 死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei17/index.html
6.厚生労働省 平成28年 国民生活基礎調査の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa16/dl/16.pdf
*p.29 表 20 要介護度別にみた介護が必要となった主な原因(上位3位)
7. 厚生労働省 e-ヘルスネット
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/metabolic/m-05-006.html
8. 「脳卒中後遺症とその治療」竹田信彦 東京⾼輪病院脳神経外科
https://takanawa.jcho.go.jp/wp-content/uploads/2016/06/6-1_takeda.pdf
9. 「ケアの実践とは何か 現象学からの質的研究アプローチ」
西川ユミ、榊原哲也 編著 ナカニシヤ出版 2017年
「第9章 リハビリ看護試論 —— 生の意味を問う」 村井みや子執筆
10. 新・社会福祉士養成講座1 「人体の構造と機能及び疾病」 第3版第4刷、中央法規 2018年
11. 新・社会福祉士養成講座7 「相談援助の理論と方法Ⅰ」第3版第4刷 中央法規、2018年
今日の障碍者の重要な日中活動である就労支援サービスにおけるケアマネジメントとネットワークについて、利用者の自己実現と成長というケアの本質からの視点で考察する。
社会福祉法人A会はZ市内で知的障碍者を対象とする就労移行支援・就労継続支援事業所を運営している。Bさん(男性20才代、軽度の知的障碍・発達障碍)はZ市内の養護学校を卒業後、この事業所で就労継続支援B型事業サービスを利用し、日中活動として事業所の建屋内の喫茶室で作業を行っている。担当する作業は、食器準備(数量確認、洗浄など)、屋外清掃、配膳、食器の片付けなどである。この喫茶店で作業をする利用者は10名で、職員2名が利用者を援助するとともに、接客や食材の調達・管理、会計などの業務を担っている。喫茶室は平日昼時のみの営業であるが、地域の高齢者などが利用し、常連客も多いという。
Bさんは、「企業で就労したい」との希望があり、喫茶室の職員と施設の責任者や相談員は、Bさんの生活上の課題を整理するとともに、希望や要望を聞き取りながらSさんの支援計画を作成し、Bさんが仲間とのチームワークや接客マナー、作業手順や流れを学習し、職業生活のリズムを構築して職場定着できるように支援した。また、この事業所では、日中活動終了後、就労支援員による就労移行支援事業を実施しており、利用者に履歴書や入社目的、自己アピールの書き方や面接の指導を行っている。Bさんもこの指導に参加し、就職に向けた姿勢や意欲の向上を目指した。
Bさんは少し注意力が散漫なところがあり、一つのことに集中して作業を行うことは苦手であったが、仲間と仲良く作業を進めたり、初対面の相手に対して積極的にコミュニケーションをとることは長けていた。職員たちはBさんのこうした対人関係能力の高さを引き出すことで、責任感に対する意識の向上を目指し、喫茶室の客に食品やサービスを提供して対価を得るためには、一つひとつの作業への集中力を高めて、丁寧に真心を込めて遂行することが必要であることをBさんに理解できるよう、指導していった。
そして、BさんはZ市のハローワークから紹介のあった資源回収協同組合での企業実習に臨んだ。実習は5日間で、回収されたペットボトルのラベルをはがしたり、ラインに流れてくる缶やペットボトルを選別する作業であったが、Bさんは実習先の職員とコミュニケーションをとりながら丁寧に作業を遂行した。その結果、実習先の担当者の評価も高く、Bさんは職員として採用されることになった。
支援者は利用者と話し合いながら、就労という長期目標を定め、実行可能で成功体験の得られる短期目標を個別の支援計画としてまとめ、利用者をエンパワメントしながら実施していくこととともに、ハローワークや、地域の企業、そして、喫茶室の客などさまざまな地域の社会資産と関係を築きネットワークを構成していくことが重要である。そして、利用者ができる範囲で社会的な役割を担い、他者と関係を築いて生活していくことが、自己実現と成長のために重要であることを利用者にしっかりと伝えていくことが必要である。
(なお、文中の組織、個人は実在しません。)
〔参考文献〕
1. 新・社会福祉士養成講座18 「就労支援サービス」第4版第3刷、中央法規、 2018年
2. 「ケアの本質 生きることの意味」 ミルトン・メイヤロフ 田村 真・向野 宜之訳 ゆるみ出版、1987年
相談援助の展開において、ソーシャルワーカーとクライエントやクライエントの家族とは、信頼関係に基づく援助関係で結ばれていること求められる。特に、インテークのような初期段階においては、ソーシャルワーカーは信頼関係の形成に意識と時間を注ぐべきである。スーパービジョンを定義したアルフレッド・カデューシンが指摘するようにこの信頼関係があることで、「ソーシャルワーカーはクライエントのつらい話にも十分に向き合い、真摯に信頼のおける態度で接することができ、クライエントも心の内を開き、気落ちや考え、自らの取り組みなどを語ることができ」(注1)、その後のアセスメントや計画作成における情報収集や協働作業を効果的に進めることができる。さらに、相談援助のプロセスを進め、クライエントとの信頼関係を深化させていくと、ソーシャルワーカーはクライエントのことをより理解でき、再アセスメントを経てより実りある援助としていくことができる。
哲学者ミルトン・メイヤロフは「信は狭義においても広義においても、“場の中にいる”ということの中に見い出される」(注2)と述べ、信頼関係の根拠である「信」とは自分と他人が「同じ場の中にいる」をこととした。相談援助実践の場においては、先ずワーカーがクライエントに関心を持ち、クライエントと同じ場にいることが最重要になる。バイスティックは、ソーシャルワーカーがクライエントの間に望ましい援助関係を成立させるための原則として「個別性の尊重、非審判的態度、共感的理解、誠実な態度、秘密保持、真実性、自己決定」(注3)を挙げ、ソーシャルワーカーがクライエント個人との関係を形成する基本姿勢としている。そして、相談援助実践の場では、テキストで信頼関係を形成する時期においては「ソーシャルワーカーの説明はできるだけ簡潔にし、クライエントの訴えを傾聴することが優先される」(注4)としているように、一般に傾聴が強調される。また、受容と共感も良好な援助関係の主要な要件として挙げられるが、これらはクライエント中心療法を提唱したカール・ロジャーズがカウンセラーの条件として挙げた自己一致、無条件の積極的関心、共感的理解に通底していると考えられる。
これらの態度は、ソーシャルワーカーがクライエントに臨む臨床の場において、もちろん必須の態度であるが、対人援助を人間関係の一つと捉えるとき、人間存在そのものからのさらなる考察が必要である。現象学の見地から、メルロー・ポンティは知覚を「みる—みられること」として捉え、人間は自他の存在を「相互身体的に」知ることを発見した。また、現象学的方法論に基づき対人関係トレイニングを主宰した早坂泰次郎は、グループトレイニングの臨床から「グループ体験とは基本的信頼の成立を意味している。そしてそれを支えるのはお互いの『見える』(=視線がとどきあう)体験であった」(注5)ことを確認し、視線がとどきあうことの重要性を強調した。対人援助、そして人格間関係の専門家であるべきソーシャルワーカーは、このような知見を活かして本当の信頼関係に基づく援助関係をクライエントやクライエントの家族と築いていくことが求められる。
〔引用文献〕
(注1) 新・社会福祉士養成講座7「相談援助の理論と方法Ⅰ」第3版第4刷 中央法規、2018年 p.81
(注2) 「ケアの本質 生きることの意味」 ミルトン・メイヤロフ 田村真・向野宜之訳 ゆるみ出版、1987年 p.172
(注3) 新・社会福祉士養成講座7「相談援助の理論と方法Ⅰ」第3版第4刷 中央法規、2018年 p.77(注4)同上 p107
(注5) 「〈関係性〉の人間学 良心的エゴイズムの心理」早坂泰次郎編
「Ⅸ章 他者が見えるということ」(早坂泰次郎執筆) 川島書店、1994年 p.178~179.
〔参考文献〕
1. 新・社会福祉士養成講座7「相談援助の理論と方法Ⅰ」第3版第4刷 中央法規、2018年
2. 「ケアの本質 生きることの意味」 ミルトン・メイヤロフ 田村真・向野宜之訳 ゆるみ出版、1987年
3. 「柔らかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ よくわかる臨床心理学 改定新版」
下山晴彦編、ミネルヴァ書房 2009年
4. 「眼と精神」メルロー・ポンティ、滝浦静雄・木田元訳 みすず書房、1968年
5. 「知覚の現象学2」メルロー・ポンティ、竹内芳郎・木田元・宮本忠雄訳、みすず書房、1974年
6. 「〈関係性〉の人間学 良心的エゴイズムの心理」早坂泰次郎編 川島書店、1994年
7. 「人間関係学序説」早坂泰次郎著、川島書店、1991年