本当の人間関係を学び続ける学徒のつぶやき

人間関係学を学び続ける学徒の試行錯誤

医学モデルから生活モデルへ

2018-09-26 20:38:02 | コラム

 ソーシャルワークは、かつて個人への援助が活動の中心であったが、次第に小集団・組織や地域社会に対象が広がりつつある。現在、ソーシャルワークは、従来の個人や家族にかかわるミクロレベルから、集団、または集団と地域社会にかかわるメゾレベルやマクロレベルに拡大し、クライエントも個人とその家族から、クライエント・システムとしての小集団・組織、地域住民へと拡大している。ソーシャルワーカーは、このようなパラダイムの変化に伴い、「人―環境」の相互作用という概念で対象を把握し援助を行うことが求められている。
 こうした変化の中で、例えばケースワークで心理社会療法を確立したホリスは、「ソーシャルワークの焦点を『全体連関的な状況の中にある人』とし、多面的な関連を持った人としてとらえ」(注1)た。また、ドロールとワルテールは、「環境は一般的に『人間と社会の物理的・地形的条件、環境、生活条件を形づくる、複雑な関係で絡み合ったさまざまな要素の全体』と定義し、すべての構成要素は常に変動している」(注2)と述べている。そのように、現代のソーシャルワークでは、クライエントを身体機能・精神心理・社会環境的な側面をもつものとして、全体を捉える考え方が主流になっている。この流れの中で、個人と環境の交互作用に視点をおく生態学的アプローチが広がってきており、ソーシャルワークにとっての環境である「社会資源」の重要性が増してきている。
 ソーシャルワーカーは、人間関係こそが変化していく媒介であることを認識し、クライエントとの対等な関係で両者が参加し、一緒に変化を求めていくのであるが、その時に、人は、人単独で営まれるのではなく、必ず何らかの環境の中で、しかもその環境と相互作用しつつ、関係のなかで相互に影響を与えながら営まれているという現実に即した視点を持つことが必要である。そして、ソーシャルワークを、人と環境を調整する機能、人の対処能力を強化する機能、環境を修正・開発する機能、という枠組みでとらえていくとき、「クライエントを『問題を持った人』という否定的な視点で捉える伝統的な発想から決別し」(注3)、「人々は問題だけでなく、強さを持って生活している」(注4)と捉えるストレングスの考え方が、「人とその環境」をリアルにみるときに重要になる。このストレングスの視点をもつことにより、ソーシャルワーカーは「医学モデル」から「生活モデル」への転換を実質的に図ることができる。
 相互作用する「人とその環境」において、その関係を人と環境の分離ではなく、ひとつの統一体として把握しようとするシステム論は、現代のソーシャルワークの理論的支柱であるが、「人―環境をみるときには、援助者側から見た客観的環境という側面だけではなく、『その人にとっての環境』という主観的側面を把握しなければならないという視点」(注5)を忘れてはならない。


〔引用文献〕
(注1) 新・社会福祉士養成講座 7 「相談援助の理論と方法Ⅰ」第3版第4刷 中央法規、2018年 p.30
(注2) 同上 p.56
(注3) 同上 p.31
(注4) 同上 p.31
(注5) 同上 p.66

〔参考文献〕
1. 新・社会福祉士養成講座7 「相談援助の理論と方法Ⅰ」第3版第4刷 中央法規、2018年


「高齢者は敬愛の対象である」?

2018-09-11 21:48:16 | コラム

  老人福祉法第2条で「高齢者は敬愛の対象である」と謳われているが、現代社会においては一般に、物質的金銭的な価値が優先され、尊敬の対象になるのは、それを勝ちとるための技術や知識、知能や技能・運動能力であり、その結果である学歴や年収、そして社会的地位である。かつては、儒教思想の影響から年長のものを敬う文化があったが、現代では、高齢者は、体力・知力が衰え、「社会の動向についていけない役に立たない存在」(注1)、つまり社会的弱者として烙印を押され、触れたくないもの、避けたいもの、あるいは蔑視の対象とされることもある。さらに、「高齢者の社会的地位は、経済の不安定化や高齢社会の進展の中で一層不透明になっていくものと考えられる。」(注2)とテキストに書かれているように、今後、高齢者の社会的地位はさらに揺らいでいくと考えられている。「敬愛の対象」とはもはや、空虚な理念や倫理観でしかないのだろうか。一人ひとりの高齢者が、尊厳を持つ人格としてとらえられるためにはどうしたらよいのだろうか。
  「人は死を迎えるまで生涯にわたって発達する存在である」(注3)とする生涯発達の視点は、一人の人間を全人格的に捉えようとするときに有効である。なぜなら、我々人間の現実の存在は、生まれ、成人し、老い、そして死に行く存在であり、高齢者の存在は、我々人間の全存在の一部であって、我々と切っても切れない関わりの中にあるからである。この視点は、高齢者を総合的に理解するためにも大変重要である。そしてこの視点に立つとき、一人ひとりの高齢者は人間として尊厳を持ち、権利を守られるべき存在となる。そして、その高齢者はミルトン・メイヤロフがその著書『ケアの本質』で述べた「自分と補充関係にある対象」(注4)となり得るのではないか。そしてその対象となった時、その高齢者をケアする人は、「私と補充関係にある対象を見出し、その成長をたすけていくことをとおして、私は自己の生の意味を発見して創造していく。」(注5)ことを経験するのである。
 老い、「死すべき存在」である高齢者が、「その人らしく生きていくための自己表現、自己決定を保証し、生きる意欲を引き出すことが、介護における自立支援の考え方」(注6)であるが、この介護がメイヤロフの言うケアであるとき、介護の対象である高齢者のみならず、介護者、更には介護者を支える地域社会も成長し、それぞれの自己実現が可能となることを我々は認識すべきである。特にソーシャルワーカーは、認知症高齢者やその家族など生きることに困っている人々を社会的にケアしていくことが、その地域社会全体の真の豊かさと成長を助けることを理解し、その実現に向けて関係諸機関との連携をリードすべきである。このことによって、高齢者は空虚な建前だけの「敬愛の対象」から脱し、真に豊かで幸福な社会を実現するためになくてはならない存在として社会に認められるようになる。


〔引用文献〕
(注1) 「高齢者福祉の世界〔補訂版〕」
編者 直井道子 中野いく子 和気純子、補訂版第2刷 有斐閣アルマ、2016年 p.236
(注2) 新・社会福祉士養成講座 13 「高齢者に対する支援と介護保険制度」
第5版 中央法規、2016年 p.8
(注3) 同上 p.24
(注4) 「ケアの本質 生きることの意味」 ミルトン・メイヤロフ
田村 真・向野 宜之訳 ゆるみ出版、1987年 p.124
(注5) 同上 p.132
(注6) 新・社会福祉士養成講座 13 「高齢者に対する支援と介護保険制度」
第5版 中央法規、2016年 p.368


〔参考文献〕
1. 新・社会福祉士養成講座 13 「高齢者に対する支援と介護保険制度」第5版
   中央法規、2016年
2. 「高齢者福祉の世界〔補訂版〕」 編者 直井道子 中野いく子 和気純子、
  補訂版第2刷 有斐閣アルマ、2016年
3. 「ケアの本質 生きることの意味」 ミルトン・メイヤロフ  田村 真・向野 宜之訳
   ゆるみ出版、1987年
4. 「死すべき定め 死に行く人に何ができるか」 アトゥール・ガワンデ
   原井弘明訳 みすず書房 2016年