本当の人間関係を学び続ける学徒のつぶやき

人間関係学を学び続ける学徒の試行錯誤

認知行動療法(CBT)に偏重する現代の風潮

2018-10-31 21:22:56 | コラム

  本稿では、欧米において既に心理療法の中核的地位を占めるに至っている認知行動療法(以下、CBT)について論じる。CBTは、「従来の臨床心理学に対する『個人的な勘や経験、各自が依拠する学派の考え方のみに頼り過ぎているのではないか』という批判や社会的責任に対する疑問を乗り越えるものとして発展」(注1)したエビデンスベイスト・アプローチを基本とし、認知行動理論を前提とするさまざまな臨床技術の総称である。また、CBTは、「『患者自身が簡単に理解でき、研究者が検証でき、学生に教えることができ、時間的金銭的にも経済的なもの』として発達してきた経緯」がある(注2)。つまり、治療の有効性や効率性を客観的かつ合理的に実証することを求める現代の科学技術至上主義社会の要請、あるいは経済性至上主義の市場の圧力に応えていくために発達した心理療法といえる。

  その結果、CBTでは、標準化されたアセスメント法や統制された研究デザインを用いることで、特定の介入法の検証が可能となり、治療パッケージや治療マニュアルの整備が進んだ。さらに、困難といわれた複数の障害を併発したような多様な対象者に対してもケース・フォーミュレーションを用いることによって対応できるとしている。

  一方、精神医学の分野からは異論が出されている。スタンフォード大学の精神科医で実存的精神療法家であるヤーロム(Yalom, I.D.)は、「EVT(実験的に証明されたセラピー)という概念は最近、精神療法の分野に大きな影響を与えている。これまでのところすべて否定的な影響だが。ただ、実験的に証明されたセラピーだけが――事実上は、短期の認知行動療法(CBT)だけが――多くの管理型保険システムによって認められている。」(注3)と指摘し、「まず、臨床家たちに肝に命じてほしいのだが、実証されないセラピーが効果のないセラピーではないのだ。」(注4)と主張する。そして、「経済的な動機に支えられた医療システムが、精神療法的治療に対して根本的な修正を命じてきている」(注5)と警戒する。

  東京大学の下村晴彦は「臨床心理学の専門性の基本理念となるのは、医学的治療ではなく、心理学的援助」(注6)と述べ、「患者の病理経験についての語りを聞くことを通して患者が自己の病を受け入れ、病を抱えつつ自己の人生を生きられるよう心理的に援助するのが臨床心理学」(注7)であるとするが、CBTに偏重する現代の風潮は、ヤーロムが指摘するように、人の心に寄り添う心理学的援助が、ただ合理的で科学的な医学的治療に変質してしまう恐れはないのだろうか。

  われわれが、社会との関わりを生きる人間、地域や家族との関わりを生きる人間そのものを捉え援助していくためには、人間の現実存在を明らかにしようとする実存哲学や、「事象そのものへ」の態度をとる現象学に基づいた、ともに生きる人間への「本当の援助」についての哲学的検討とケアの実践が求められる。

〔引用文献〕

(1)「柔らかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ よくわかる臨床心理学 改定新版」 下山晴彦編、 ミネルヴァ書房 2009年 p.32

(2)  同上 p.158

(3)  「ヤーロムの心理療法講義」 アービン・ヤーロム著、岩田真理訳、 白揚社 2007年 p.231

(4)  同上 p.231 – p.232

(5)  同上 p.4

(6) 「柔らかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ よくわかる臨床心理学 改定新版」 下山晴彦編、 ミネルヴァ書房 2009年 p.5

(7)  同上  p.5

 

〔参考文献〕

1. 「柔らかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ よくわかる臨床心理学 改定新版」 下山晴彦編、ミネルヴァ書房 2009

2. 「ヤーロムの心理療法講義」 アービン・ヤーロム著、岩田真理訳、白揚社 2007

3.  新・社会福祉士養成講座 2 「心理学理論と心理的支援」  3版 第4刷 中央法規、2018

4.  「現象学への招待」ヴァン・デン・ベルク/早坂泰次郎著 川島書店 1982

5. 「ケアの本質 生きることの意味」 ミルトン・メイヤロフ   田村 真・向野 宜之訳 ゆるみ出版、1987


自己覚知

2018-10-02 05:12:55 | コラム

   ソーシャルワーカーは相談援助の専門職としてクライエントに臨む。その時、ソーシャルワーカーはバイスティックの7原則や倫理綱領など専門職として共有する価値と規範を基盤にして支援・援助活動を展開していくことが求められる。しかし、ソーシャルワーカーは専門職である以前に、一人の生きた人間であり、それまでのさまざまな人生経験や人々との出会いによって固有の価値観や心理・感情をもつ。また、この価値観や心理・感情は固定的なものではなく、絶えず揺れ動くものである。なぜなら、感性とは心の動きであり、生きている人間は、その志向する対象の変化とともに絶えず心が動くからである。 そのため、ソーシャルワーカーは、クライエントに接するときに、個人の固有の価値観に固執してしまい、専門職としての共有すべき価値をなおざりにしないように、①自分の先入観やステレオタイプを自覚しておくこと、②絶えず自分の気持ちや心の動き(感情)を自覚すること、③自分が相手に与える影響を自覚するという自己覚知が肝心である。

   ミクロ・レベルの対人援助実践において、この3つの自覚のうち、①が重要であることは周知の事実であるが、ここでは②③の重要性について考えてみる。

   ここでは、たとえばグループ演習でグループの成果物をクラス全体に発表するようなケースを挙げよう。発表者は、その発表内容や発表態度ももちろん重要であるが、独りよがりな発表にならないようにするためには、講師やクラスメイトが、発表している自分をどう受け止めているのかをしっかりと眼で確認していくことが重要である。ある演習で「理想とするカンファレンス」についてのグループ討議があり、私が発表をしたとき、私は講師やクラスメイトの表情や眼を見ることに注力し、真剣に向き合うことに努めた。その結果、「リーダーシップとは援助役割」「他者を知り、自分を知る。他者との関係性の中の他者理解と自己覚知」という現象学的視点に基づく発表内容が注目を集めたこともあるが、発表を聞く講師とクラスメイトの眼が輝いているのを感じた。そして、その輝きを感じる自分と、彼らの眼にまなざしを届けている自分を感じた。そして、そのとき私は、講師やクラスメイトとの単なる交流を超えた、基本的な信頼といえるような感覚を覚え、クラスの中での居心地の良さと喜びを感じた。   

   もちろん、グループ演習での発表とソーシャルワーカーとクライエントの面談は異なるが、直接の人格間の対人関係(Inter-Personal Relationship)という観点では共通している。ソーシャルワーカーが対人援助の専門職としてクライエントに臨むときは、しっかりと相手の眼を見て相手の視線を受けとると同時に、自分の視線を相手に届けることと、自分の気持ち・心の動きはどうかを常に自己覚知することが求められる。そしてその結果、お互いが視線を届け合っていると感じたとき、両者の間に基本的信頼関係(ラポール)が成立するのである。

〔参考文献〕

1. 新・社会福祉士養成講座 6 「相談援助の基盤と専門職」第3版 中央法規、2015

2. 新・社会福祉士養成講座 7 「相談援助の理論と方法Ⅰ」第3版  中央法規、2018

3. 「人間関係の心理学」早坂泰次郎著、講談社現在新書、1979

4. 「人間関係学序説 現象学的社会心理学の展開」早坂泰次郎著、 川島書店、1991

5. 「〈関係性〉の人間学 良心的エゴイズムの心理」早坂泰次郎編、 川島書店、1994年