本当の人間関係を学び続ける学徒のつぶやき

人間関係学を学び続ける学徒の試行錯誤

「属人性」の排除と本当の人間関係

2019-11-19 09:53:07 | コラム

 筆者が大学で早坂泰次郎から人間関係学を学んだ1980年代後半は、まだ、ワープロやファックスが出始めで、300bps(bit per second: 1秒間に伝送するコンピュータの電気信号(bit)数)のカプラモデムを使ったパソコン通信が一部のマニアの間で広がり始めた時代であった。それから30余年たち、情報通信技術(ICT)の発展は目覚ましく、いまではインターネット網が世界中に広がり、我々は、瞬時にいろいろな国々の人々とつながることができ、また、さまざまな情報を集めることができるようになっている。そして今や掌中に収まる小型のコンピュータであるスマホを携帯し、いつでもどこでもインターネットに数十Mbpsから数Gbps(Mは百万、Gは10億)という超高速な通信速度の無線ネットワークを介して常時接続できるようになった。また、道ゆく自動車においても当初はガソリンエンジンの性能向上のために開発された車載コンピュータ(ECU)は、今やライト制御やウィンドウ制御から自動追従走行や衝突防止ブレーキのようなADAS機能まで自動車の幅広い領域で活用されるようになり、近い将来には自動運転車が実用化されるという。

 このようにわれわれは、情報技術(IT)や情報通信技術(ICT)の恩恵を受けて以前とは比較にならないような便利で快適な生活を手に入れることができた。このITやICTの基盤となる巨大な情報通信システムや車載システムを正確に動かすためのソフトウェアのソースコードプログラムの開発には、組織による徹底した品質管理が必要である。そのため、特定の人があるシステム開発・設計を担当し、その人にしかそのソースコードがわからなくなるような属人性を排除することが必須とされている。万一、プログラムにバグがあったとしてもその原因となる箇所を追求し、そのバグの修正によるソフトウェア全体への影響範囲を追跡するためには属人性を排除したソフトウェアが良いソフトウェアとされるのは当然である。ソフトウェア開発が仕事である以上、属人性は排除され、組織によって管理されたプロセスを厳重に守られることが求められる。しかし、職場に集まる従業員(社員)一人ひとりの職場での人間性までもを「属人性」として排除されるようなことはあってはならない。

 かつて、早坂は、かつて、仕事のなかで人間性を回復するためには「生計の手段を託す仕事のなかに、それがかつて持っていたが、現代では失われかけている『遊び』の要因をとりもどしていくことである。いいかえれば、仕事に『手作り』の性格をとりもどしていくことである。」(注1)と書いたが、現代の巨大でシステム化された組織のなかで、「遊び」や「手作り」を仕事に取り入れていくことは、もはや不可能かもしれない。しかし、だからこそ、「対人関係を、組織のなかでいかに確保し、建設していくかという問題」(注2)が重要になるのである。ここでいう対人関係とは、和気あいあいとした一心同体を理念とする一般に日本人が好むタテマエのなれあいの人間関係でなく、人格間関係(IPR: Inter-Personal Relationship)である本当の人間関係のことである。

 早坂がIPRトレイニング(注3)を始めて来年で50年が経つが、今の時代こそ、信頼や愛情、心の通じ合いとう人間存在を特徴づける、本当の人間関係について体験学習ができる場の存在が求められているのではないだろうか。

 

引用文献

(注1) 『生きがいの人間関係学 信頼で結ばれる人間関係』、早坂泰次郎著、同文書院、1990年、p.78

(注2)   同書、p.80

 

参考文献

1. 『人間関係学』早坂泰次郎著、同文書院、1987 年
2. 『生きがいの人間関係学 信頼で結ばれる人間関係』早坂泰次郎著、同文書院、1990 年

 

※ (注3)のIPRトレイニングは、日本IPR研究会が主催する対人関係トレイニングです。詳細は以下のホームページを参照してください。

  http://www7a.biglobe.ne.jp/~ipr/

 

 

 


多国籍世帯に対する相談援助

2019-11-06 09:09:50 | コラム

 首都圏近郊にあるA市では、2014年以降外国籍世帯が増加している。ブラジルやペルーなど南米系の住民は減少傾向であるが、中国やベトナム、タイなど東南アジア系の住民が急増している。また、男性の方が女性よりも増加率が高い。その背景には、日本人労働者不足に伴う外国人労働者の需要増がある。外国人労働者は家族を伴いA市に転入し、それに伴い、市内の外国籍の児童・生徒数も増加している。

 筆者は、ある公立小学校の関係者に、外国籍世帯のなかでも最も生活問題を抱えているのは母親であるといわれた。その理由として挙げたのは、子どもは、最初は学校生活で言葉の壁があるが、例えば市の教育委員会が設置する「国際交流教室」などの取り組みによって学校や地域とつながることが可能になってきている。また、父親も、職場を通して、地域社会とつながっていくことが可能であるが、母親は言葉の壁、文化の壁に阻まれ、一人家庭のなかに引きこもり、地域社会から孤立してしまうリスクが高いことである。ここでは、このような外国籍世帯の母親に対するソーシャルワーキングについて考えてみる。

 まず、ミクロ・レベルでのアプローチであるが、このような孤立した外国籍世帯の母親のケースではアウトリーチが重要になる。この地域を担当するソーシャルワーカーは、民生委員・児童委員や自治会などと連携して、ケースの発見を行う。そして、ソーシャルワーカーは通訳を同行するなどして対象となる母親のAさんを訪問し、インテークを行う際には、文化の違いや生活様式の違いを十分に配慮する必要がある。また、校区担当のスクールソーシャルワーカーと共にAさんの子供の様子を見たり、Aさんの夫と個別面談したりして、共同体で孤立や虐待等のリスクを含めた生活問題を把握しアセスメントを行う。

 外国人であるAさんが抱える生活問題には、周囲の日本人の同一性を好む性質に起因するケースも考えられるため、問題をAさんの個人的なものとして捉える医学モデルのアプローチよりも、Aさんを環境との接点に位置づけ、環境との相互作用のなかでAさんを捉える社会モデルによるアプローチの方が有効な場合がある。そのような場合は、メゾ・レベルのアプローチとして、ソーシャルワーカーは小中学校、地域の民生委員・児童委員、自治会などと連携し、さまざまな情報を多角的に収集し、Aさんと地域住民の共生についての課題を把握し、詳細かつ統合的なアセスメントを実施する。そして、Aさんや家族と協働して地域住民がこれらの問題を「わがこと」としてとらえるような環境づくりを進めていく。

 さらに、ソーシャルワーカーは、ミクロ・メゾ・レベルでAさんへの援助を進めていくなかで、人権擁護など地域社会全体による支援が必要となる課題が明確となった場合には、関係する諸機関、専門職等と連携して地域住民に対する意識啓発などを行い、AさんがAさんらしい生き方を地域社会で実現できるようなまちづくりをマクロ・レベルの援助として推進していく。

 

〔参考文献〕

1. 新・社会福祉士養成講座6「相談援助の基盤と専門職」第3版 中央法規、2015年

2. 新・社会福祉士養成講座7「相談援助の理論と方法Ⅰ」第3版第4刷  中央法規、2018年

3. 「社会福祉士相談援助演習」第2版第6刷 中央法規、2018年 

 

 

 

 


心理療法 三大流派の概要

2019-11-04 08:28:45 | コラム

 以下に、心理療法の大きな三つの流派の概要を述べる。

 先ず、精神分析について。「精神分析は、その発達の初期においては、医学の一分野であり、その目標は病気の治療であった」(注1)とあるように、19世紀末にフロイトによって創始された心理療法である。精神分析治療の目的は、「抑圧を除き無意識的過程を再び意識させるというやり方で患者を精神症から解放すること」(注2)である。相談援助の場面では、治療者は、クライエントの面談時の応答の仕方や態度、行動等からクライエントの抑圧や退行などの防衛機制を感知し、クライエントとの対話を通じてクライエントの無意識を意識化させ、精神症から解放させ、社会的適応ができるよう援助する。

 次に、行動療法について。1950年代末から心理学者アイゼンク等によって体系化された行動療法は、実験心理学の学習理論を礎とする、精神分析に対立する心理療法である。行動療法では、クライエントの不適応行動はその行動自体が問題であり、その行動は誤った学習の結果であるので、条件づけによってその行動を消去し、社会的に望ましい適応行動に変容させることが可能であるとした。行動療法は後に認知療法を取り入れ認知行動療法となる。認知行動療法は、保護観察における処遇プログラムなど取り組むべき課題がはっきりしている場合に有効とされている。

 最後に来訪者中心療法について。心理療法家であるロジャーズは、従来の心理慮法では患者でとされていた来訪者を「自発的に援助を受ける人」と位置付け、1940年代に来訪者中心療法を提唱した。ロジャーズは、治療者とクライエントの関係を重視し、「①治療者における(in)自己一致、すなわち体験と行動の調和、②共感の正確さ、③無条件の積極的関心」(注3)を強調し、非指示的療法を推奨した。治療者の基本的態度である積極的傾聴は、相談援助においては、特にインテークなど面談の初期の展開過程でクライエントとのラポールを形成するために有効である。

 

 〔引用文献〕

(注1)  現代社会科学叢書「精神分析と宗教」エーリッヒ・フロム著、谷口隆之介・早坂泰次郎訳、東京創元社、1971年(新版) p.84

(注2)  フランクル著作集3「時代精神の病理学」ヴィクトル・E・フランクル著、宮本忠雄訳、みすず書房 1961年p.11

(注3) 「人間関係学序説 現象学的社会心理学の展開」早坂泰次郎著、川島書店、1991年 p.262(太字は、原文では傍点)

 

〔参考文献〕

1. 「柔らかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ よくわかる臨床心理学 改定新版」 下山晴彦編、 ミネルヴァ書房 2009年

2.  新・社会福祉士養成講座 2 「心理学理論と心理的支援」第3版 第4 中央法規、2018年

3.  新・社会福祉士養成講座7「相談援助の理論と方法Ⅰ」第3版第4刷 中央法規、2018年 

4.  新・社会福祉士養成講座 20 「更生保護制度」第4版第2刷 中央法規、2018年