—師走の候—
2016年も残すは1か月となり、SMAPの解散が秒読みとなる。
紅白歌合戦には出場するのだろうか。
気になるところだ。
12月に入ると、外気温は低くなりグラウンド練習が困難になる。
6年生野球の活動も滞りがちとなる。
だが、11月に行った大飯との交流会で、お互いにオフシーズンとなる冬場をどうしていくのかを確認していた。
大飯の元事務局も私と同じ考えだった。
「大飯郡の合同チームとして活動をしていく」
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6年生野球には、様々な目的が考えられる。
中学校までの期間、野球が出来る環境を作ってあげる。
単に野球の技術を上達させる。
だが、私が考える本来の目的はここにはない。
私自身、6年生野球の本来の目的は1人でも多くの仲間と交流する事と考える。
野球を通じて知り合う仲間。
その仲間をいつまでも覚えていてほしい。
そして仲良くなってほしい。
それが、たとえ中学校で敵同士になったとしてもである。
11月の終わり頃から大飯の元事務局と協力していくこととなる。
ほんの数か月前までは、ライバル関係にあった仲である。
それが今では一緒に取り組もうとしている。
不思議なものだ。
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そして、ここから新たな活動を開始させる。
今度は「大飯」「高浜」といった区分けではなく「大飯郡」という一括(ひとくく)りで。
しかし、ここで女子2人が本格的にソフトボールにのめり込む。
そしてボーイズへ行こうとする子も出てきた。
名田庄組と青郷組はそれぞれ多忙な週末。
野球を一休みしようとする子も出てきた。
しばらくは、大飯と和田の面々だけでの練習となる。
寂しいが、しょうがない。
既に両チームの指導者はそれぞれ退任している。
公式戦が終了するまでという約束だった。
—指導者不在—
保護者全員で指導をしていく事となる。
微力ながら私もできるだけの事をした。
これでも私は、スポ少の指導者講習を受講し指導資格を持つ。
—春先になれば、佐分利から新たな指導者が来る—
その思いを抱き、それまでの間、保護者が協力して子供達の面倒を見ていくこととなる。
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12月23日(祝)にマリナーズの納会が行われた。
久し振りに6年生8人の姿を見る。
元気そうで何よりだった。
そして、ここで年明けから6年生野球に携わるのは3人だけという事を確信する。
そうこうしている内に2017年が明ける。
和田からの参加は3人のみとなった。
悠矢と亘佑と蒼空を乗せて佐分利まで通い続けた事を思い出す。
それが、たとえ大雪に見舞われたとしても通った。
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15日の初練習はシャレにならない程の積雪だった。
山間地の佐分利は、かなりの雪化粧になる。
子供達は、到着するとわずかな時間で雪合戦を楽しんだ。
大飯の保護者とも面識が出来始める。
大暉の父親、周平の父親、そして温喜の父親。
この3人は、私がこの一冬を一緒してきた仲間である。
子供達と一緒になってサッカーやポートボールをして汗を流した。
4人とも春先の試合を楽しみにした。
体育館では、キャッチボール程度でしかボールを扱えなかった為、色々と工夫した練習メニューを考えた。
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ある時、我が子がインフルエンザになった。
その時は、悠矢と亘佑だけを乗せて練習にも行った。
和田小を会場とした練習も数回行った。
遠方であったとしても名田庄メンバーが来てくれた。
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【We are one team】
当初は大飯と高浜という区切りがあったのか、子供達も喋っている風には見えなかった。だが、練習を重ねていくうちにそれは解かれていく。
気付けば3月に突入。
現役もグラウンドで練習を始める。
長かった冬もこれで終わりか。
ようやくといった感じだった。
そんな中、温かな日差しがそれを予感させた。
とうとう6年生野球が終わりに近づいたことを。
つづく
2016年も残すは1か月となり、SMAPの解散が秒読みとなる。
紅白歌合戦には出場するのだろうか。
気になるところだ。
12月に入ると、外気温は低くなりグラウンド練習が困難になる。
6年生野球の活動も滞りがちとなる。
だが、11月に行った大飯との交流会で、お互いにオフシーズンとなる冬場をどうしていくのかを確認していた。
大飯の元事務局も私と同じ考えだった。
「大飯郡の合同チームとして活動をしていく」

6年生野球には、様々な目的が考えられる。
中学校までの期間、野球が出来る環境を作ってあげる。
単に野球の技術を上達させる。
だが、私が考える本来の目的はここにはない。
私自身、6年生野球の本来の目的は1人でも多くの仲間と交流する事と考える。
野球を通じて知り合う仲間。
その仲間をいつまでも覚えていてほしい。
そして仲良くなってほしい。
それが、たとえ中学校で敵同士になったとしてもである。
11月の終わり頃から大飯の元事務局と協力していくこととなる。
ほんの数か月前までは、ライバル関係にあった仲である。
それが今では一緒に取り組もうとしている。
不思議なものだ。
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そして、ここから新たな活動を開始させる。
今度は「大飯」「高浜」といった区分けではなく「大飯郡」という一括(ひとくく)りで。
しかし、ここで女子2人が本格的にソフトボールにのめり込む。
そしてボーイズへ行こうとする子も出てきた。
名田庄組と青郷組はそれぞれ多忙な週末。
野球を一休みしようとする子も出てきた。
しばらくは、大飯と和田の面々だけでの練習となる。
寂しいが、しょうがない。
既に両チームの指導者はそれぞれ退任している。
公式戦が終了するまでという約束だった。
—指導者不在—
保護者全員で指導をしていく事となる。
微力ながら私もできるだけの事をした。
これでも私は、スポ少の指導者講習を受講し指導資格を持つ。
—春先になれば、佐分利から新たな指導者が来る—
その思いを抱き、それまでの間、保護者が協力して子供達の面倒を見ていくこととなる。
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12月23日(祝)にマリナーズの納会が行われた。
久し振りに6年生8人の姿を見る。
元気そうで何よりだった。
そして、ここで年明けから6年生野球に携わるのは3人だけという事を確信する。
そうこうしている内に2017年が明ける。
和田からの参加は3人のみとなった。
悠矢と亘佑と蒼空を乗せて佐分利まで通い続けた事を思い出す。
それが、たとえ大雪に見舞われたとしても通った。
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15日の初練習はシャレにならない程の積雪だった。
山間地の佐分利は、かなりの雪化粧になる。
子供達は、到着するとわずかな時間で雪合戦を楽しんだ。
大飯の保護者とも面識が出来始める。
大暉の父親、周平の父親、そして温喜の父親。
この3人は、私がこの一冬を一緒してきた仲間である。
子供達と一緒になってサッカーやポートボールをして汗を流した。
4人とも春先の試合を楽しみにした。
体育館では、キャッチボール程度でしかボールを扱えなかった為、色々と工夫した練習メニューを考えた。
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ある時、我が子がインフルエンザになった。
その時は、悠矢と亘佑だけを乗せて練習にも行った。
和田小を会場とした練習も数回行った。
遠方であったとしても名田庄メンバーが来てくれた。
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【We are one team】
当初は大飯と高浜という区切りがあったのか、子供達も喋っている風には見えなかった。だが、練習を重ねていくうちにそれは解かれていく。
気付けば3月に突入。
現役もグラウンドで練習を始める。
長かった冬もこれで終わりか。
ようやくといった感じだった。
そんな中、温かな日差しがそれを予感させた。
とうとう6年生野球が終わりに近づいたことを。
つづく