いわゆる多核種除去装置(ALPS)処理水の海洋放出の報道を見ていて感じるのは、自分の頭で考える人であれば誰もが真っ先に疑問に思うことに対して、どうして説明がなされないのかということです。
その疑問とは、「海水で薄めて海に流せば安全である」と言うのであれば、どうして最初からそうしなかったのか?どうして長年、多額の費用をかけて、タンクにため続けてきたのかという疑問です。「ALPS処理水は飲めるくらい安全だ」と言うのであれば、どうして飲み水として利用しないのかという疑問です。福島原発所内の飲み水として使い、余る分はペットボトルにでも入れて、東電本社や政府機関の日常の飲み水として使えばよかったのではないかということです。そうしないのは、「安全だ!」と言っている人たちが「安全ではない」ことを知っているからだとしか考えられません。だとすれば、中国をはじめとして南太平洋の諸国が海洋放出に強く反対するのは当然だと言えます。
原発と同じです。「原発は安全です!」と言いながら、送電設備費に多額の費用がかかり、送電ロスがあるにもかかわらず、首都圏など人口の多い地域(=電力の消費地)から遠く離れた、福島などに建設するのは、原発が危険なものであることを知っているからです。福島原発の事故は彼らがウソをついたことを証明してしまいました。事故は実際に起き、大勢の人に迷惑をかけ、途方もない損害を与え、いまだに収集がつかず、これから先何年かかるのか見通しさえ立たない状態になっています。でも、誰一人この事故について罪に問われることはありませんでした(罪を問うはずの国の機関が、彼らに牛耳られているからです)。その上、あろうことか、さらに事故のリスクを大きくする運転期間の延長を決め、なんと原発を増やすとまで言い出しています。
政府や報道機関は、上記の疑問「本当に安全なのか?」には答えようがないので、問題をすり替えてしまいます。その方法は「外に敵を作る」という古くから行なわれてきた方法です。今回の「敵」は中国です。「中国は一方的に輸入規制をしてけしからん!」「その強権的な態度は許せない!」と中国憎しの世論を盛り上げようというわけです。ここぞとばかり、お抱えの似非知識人や太鼓持ち芸人たちも言いたい放題で応援しています。その勢いで軍備増強も図ろうという魂胆も見えます。おまけに、安全性に疑問を投げかける発言を「風評=根拠のない噂」だとまで言って、「風評被害をなくそう」というキャンペーンまで始めています。「安全性に疑問を投げかける発言を許すな!」「そんな発言をする奴は非国民だ!反日だ!」というわけです。今回の放出前に中国を含め、南太平洋の諸国から「安全性」に対し疑念の声が挙げられていたにもかかわらず、それら諸国との十分な協議もせず、一方的に海洋放出を始めたのは日本政府です。どの口が言うのかということです。
政府は処理水について「(漁業者など)関係者の理解なしに処分しない」と言ってきたことを忘れてはなりません。この方針が突然変わって「関係者の理解なしに」放出が決定されたのですが、それは岸田首相の訪米直後でした。8月18日、首相はバイデン米大統領と会談し、処理水放出に関する米国の支持と理解に謝意を伝えたそうです。理解してもらう「関係者」とはあたかも「米国」であったかのようです。
ここで、本来、議論をしなければならない安全性の問題について考えてみます。「トリチウムが含まれる原発の冷却水の海洋放出は、中国も含め、原発を持っている国は以前からやっている。だから、日本もそれをやったからと言って非難されるすじ合いはない」と言う人がいます。まず、他の国もやっているから安全であるということにはなりません。「タバコは身体に悪いですよ」という忠告に対し、「他の人も吸っているのだから問題はない」と反論するのと同じようなものです。また、日本政府が海洋放出している汚染水はそれとは異なります。そこには、炉心溶融でできたデブリ(ゴミ)を冷却するために使った水も含まれています。そのデブリはロボットでさえ近づけば壊れてしまうほどの強力な放射線を出しています。だから、ALPSと呼ばれる多核種除去装置で、冷却の際に取り込んでしまったそれら強力な放射線を出している物質(ヨウ素129、ストロンチウム90、ルテニウム106、テクネチウム99、セシウム137、プルトニウム239など)を取り除く処理をしているわけです。
1回の処理では取り除けないので、何度か処理をしているとのことです。しかし、完全には取り除けないため、政府は規準値以下になるようにしていると言います。しかし、そういうものを海洋放出するのは世界で初めてであり、それが安全だと言う規準は、誰が、何をもとに決めたのでしょう。放出時は薄まったものであっても、プランクトンから始まり、それらを捕食する生物の食物連鎖の中で濃縮されてゆくのは、水俣病で多くの犠牲者を出す中で学んだことです。
「世の中に安全な放射能なんてない」と京都大学複合原子力科学研究所助教の小出裕章さんは言っています。放射性物質の環境内放出による人への影響はまだまだ十分にはわかっていません。小出さんは「放射性物質を環境内に放出してはならない」とも言っています。それにもかかわらず、規準内だから安全であるなどと言えるわけがありません。中国やその他の国も海洋放出しているというトリチウムはβ線という放射線を出しますが、そのエネルギーは6,000eV(エレクトロンボルト)だそうです。一方、遺伝情報を保持するDNAを構成する水素、酸素、炭素、リンなどの化学結合エネルギーは数eVなので、トリチウムのβ線はその約1,000倍のエネルギーを持っていることになります。したがって、トリチウムが食物を通して特にDNAを構成する物質と置き換わると、そのβ線でDNAが破損する可能性があります。ちなみに、セシウム137が出すγ線のエネルギーは661,000eV、ストロンチウム90のβ線の最大エネルギーは1,490,000eVだそうです。
政府は、IAEA(国際原子力機関)の報告書を安全の根拠としています。IAEAは「東京電力の海洋放出計画は、国際的な安全基準に合致、海洋放出で放射線が人や環境に与える影響は無視できるほどごくわずか」と評価しています。しかし、IAEAについては、加盟国176カ国の中で日本は2番目に多くの拠出金を出しており、また多くの職員を送り込んでいる国となっています。その関係で、IAEAの信頼性に疑問も出されています。そもそも「安全である」ことの科学的根拠は示されていません。例によって「包括的な評価に基づき」安全だと言っているだけです。先に述べた放射線の人体への影響がどのようにして消えてしまうのか、まったく説明されていません。「影響は無視できるほどごくわずか」としか述べられていません。放射線でDNAが破損する可能性はあるのですが、その「影響は無視できるほどごくわずか」だとどうして言えるのでしょう。そんな目に合う不幸な人は「ごくわずか」100万分の1、あるいは1千万分の1に過ぎないとでもいうのでしょうか。世界で、たった8,000人、あるいは800人に過ぎないのだから、そんな人たちの命より海洋放出による経済的メリットの方が大きいとでも言うのでしょうか。
なお、IAEAは「処理水の放出は日本政府が決定することであり、その方針を推奨するものでも承認するものでもない」と言って、今回の日本政府の決定によって引き起こされる問題に対する責任をきちんと回避しています。だから、日本政府は「IAEAにお墨付きをもらったんだから」という言い訳は通じないということをしっかり認識しておいてもらいたいものです。もちろん、この国の政府のいままでのやり口を見ていれば、これからどんな問題が起きても、誰も一切責任をとらないことははっきりしていますが。ひどい国になったものです。
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最後に、話は違いますが、最近話題になっている「ジャニーズ問題」で疑問に思うことを少し。ジャニー喜多川は数十年にわたり、数百人の少年たちに性的暴行をしてきたというまれに見る犯罪者です。その犯罪者の名前を冠した「ジャニーズ事務所」というものがいまだに存在していることが不思議でなりません。さらに、その被害に遭ったタレントたちが、「ジャニーズ事務所のタレントは使わない」などと言われ、二次被害に遭っていることも理不尽なことです。タレントを抱えて派遣する同様の事務所は他にもあるはずです。そうであれば、ジャニーズ事務所にいたタレントは別の事務所に移籍したり、反対に、そういう事務所がそのタレントを引き受けたりすることはできないのでしょうか。また、ジャニーズ事務所はさっさと清算して廃業し、今回の事件に関して責任がある人たちの影響を排除した新しい事務所を作って、被害者であるタレントたちが早く正常な活動ができるようにしないのはどうしてなのでしょう。
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