思いつくままに

ゆく河の流れの淀みに浮かぶ「うたかた」としての生命体、
その1つに映り込んだ世界の断片を思いつくままに書きたい。

ジャニーズ事件から思うこと

2023-11-29 10:57:47 | 随想

                                       切り株(新宿御苑) 

 ジャニー喜多川の行為は前代未聞の犯罪であり、被害を表明した人だけでも400人を超え、実数は1,000人を超えるのではないかという人もいます。加害者は死亡しているとしても、マスメディアを含めて、それを見て見ぬふりをしてきた人たちが強く非難されるのは当然のことです。しかし、ここで視点を少し変えてこの事件を見てみたいと思います。

 時代を遡れば、その規模は異なるにしても、特に芸能の世界ではこの種類のこと(暴力的なハラスメント)は普通に起きていたことではないかと想像できることです。その世界では、内側でも外側でも、それはよくないことだけど、そんなものか、一人前になるためには我慢するしかないものかと容認していたのではないかということです。芸能の世界だけではありません。スポーツの世界での暴力的指導も同じだと思います。私が子供のころ、たまたま女子バレーの練習風景を見たことがあります。監督は選手が少しでもミスをすると、その選手を呼びつけ、怒鳴りつけるのと同時に思い切り平手打ちをしていました。選手は「ありがとうございます」と言って、その後の練習を続けるのです。アメリカンフットボールや相撲の世界などでも暴力事件がありました。それほど前のことではありません。人気お笑い芸人の一人が何人もの少女と性的関係を持ったことを自慢するかのように告白しています。それでもいまもテレビにレギュラー番組を持ち、出演し続けています。つい先日も宝塚歌劇団で団員が自殺をしたというニュースが出ましたが、これも過労と上級生からのハラスメントが原因だと言われています。

 いまでは犯罪として非難されるようなことであっても、上記のようなハラスメントはありがちなことであり、弱い立場にある人は泣き寝入りをせざるを得ないという雰囲気がこれまでの社会内にはあった、社会がそれを許容してきたということではないかと思われます。いまでも許容しているかもしれません。ジャニー喜多川の問題は何年も前からいろいろな雑誌や週刊誌、新聞などで取り上げられ、芸能界では事実として広く知られていました。裁判(民事)にもなって、裁判所はその事実を認定しています。しかし、マスメディアが大きく報じることはありませんでした。つまり、この社会がそれを大きな問題として受け止めることはなかったということになります。しかし、それは世界標準ではなかったのです。アメリカの『The New York Times』、イギリスの『The Guardian』などでは極東の日本での事件であったにもかかわらず、2000年に報じています。そして、2023年3月のイギリスのBBCによる報道がきっかけとなり、ようやく日本国内でも大きな事件として取り上げられることになりました。どうしていまごろ騒ぎ出したのかという理由はいろいろ考えられますが、その一つは、海外での人権侵害と闘う人たちの様子がマスメディアやSNSなどを通じて知る機会が増え、この国の人々の人権意識が高まってきたということ、泣き寝入りをせず声を上げる人たちが出てきたということではないかと思います。中村格警察庁長官(当時、刑事部長)によってもみ消された「山口敬之による伊藤詩織さん強姦事件」で、伊藤詩織さんが勇気をもって訴えたことも大きいと思います。

 強い立場にある人が弱い立場にある人をその意思に反して自己の利益のために利用することは相手の人権を侵害することです。「自己の利益」とは、物的利益だけでなく、精神的利益も含まれます。相手をいじめたり、傷つけたりすることで快感を得たり、ストレスを解消したりするなどの利益です。なお、この「意思に反して」というところが微妙なところです。あたかも当人の意思でそうするように見えても、その背景に当人はそうせざるを得ないという条件の中に置かれている場合が多いのが事実です。最も一般的な例をあげれば、この世界における雇用関係です。企業家は、他者を肉体的、精神的に拘束して自分の利益のために利用します。それを正当化するために契約の自由という考え方が導入されます。使われる側は、自身の意思に基づいて雇用契約を結び、使う側による自身の拘束(拘束時間内は企業側の支配に服する)を認めるという契約を結ぶわけです。つまり、自身の意思に基づいて企業に拘束されるということです。本当に自由意思で契約を結ぶのであればよいかもしれません。しかし、この世界では、ほとんどの人は雇用契約を結び働かないと生きてゆけません。それ以外に生きてゆくうえで必要な物資を手に入れる手段がないからです。したがって、使う側は使われる側に対して圧倒的に強い立場にあります。そうなると、その契約の内容は自然に使う側に有利なものとなります。使われる側は与えられた契約内容を受け入れるだけというかたちになります。受け入れなければ雇用されません。生活できなくなります。使う側が圧倒的に優位であるというこの力関係のもとでさまざまな問題が生じてくるわけです。パワハラや長時間労働、過労死もその例です。社畜(*1)と呼ばれる人たちが生まれるのもこの関係があるからです。ジャニーズ事件もやはりこの関係の中で起きたことだと言えると思います。この力関係については労働法(労働基準法、労働組合法、労働関係調整法)という法律が存在するということが証明しています。労働基準法は労働条件の下限を決め、あまりにも劣悪な条件で働かせることを禁止しています。労働組合法は、使われる側一人ひとりは弱いので組合を作って団体交渉をする権利、その交渉を実効あるものとするためにストライキをする権利を認めています。労働関係調整法は、労働者と使用者との間に紛争が生じたとき、紛争解決に向けて労働委員会が斡旋・調停・仲裁をするためのものです。

(*1) 飼い犬など家畜のごとく振舞うことでより多くのエサが得られることを学習してそうする人です。シマウマは飼いならして家畜化でませんが、人間はできるようですね。もっとも当人たちにそんな意識はなく、むしろ自分は客観的にものごとを見ることができるのだと自己を評価しているらしい人が多いのですが、実際は飼われている自分の立場ではなく、常に飼い主の立場からものごとを見ていることに気が付いていません。

 このように見たとき、この世界は人権侵害をその仕組みの中に包含するかたちで成り立っていると言うことができます。法律はそのことを認めていて、侵害の程度が極端にならないように調整する役割を果たしていることになります。このような社会の仕組みは、約30万年前に出現したとされる現生人類であるホモサピエンスの長い歴史の中で、わずか200年くらい前から始まったに過ぎません。他者を利用して自分のための富を貯える仕組みの一つです。それは私的な富を貯える仕組みとしては、これまでで最高のものかもしれません。しかし、それは人権侵害を原理的に含み、権力者どうしの争い=戦争で殺し合いをさせられることを含み、すべての人が共に生きるために必要な心の醸成を阻害し、人が生きるための地球の環境を破壊し、人を幸福にしない、そういう仕組みなのです。どんな仕組みにすべきか(*2)という問題は別にしても、変えるべき仕組みだと思います。しかし、喫緊の問題は、その時間があるのかということです。現在の温暖化によってこの地球が人の住めなくなる星になってしまう可能性があるからです。(*3)地球は周期的に温暖化、寒冷化を繰り返しており、現在の温暖化は人間の経済活動のせいではないと言う人もいます。本当にそうであれば、人類は座して滅亡を待つしかありません。しかし、この仕組みのもとでの経済活動によって温暖化効果が高いCO2が環境内に大量に放出されてきました。そしていまも放出されています。それが原因である可能性が少しでもあるなら、その対策をするのは人としての義務であると思います。

(*2) 『万物の黎明』(デヴィッド・グレーバー/デヴィッド・ウェングロウ著)にあるつぎのような記述は参考になると思います。
「ヨーロッパの商人、宣教師、入植者たちが、新世界と呼ばれる地域で遭遇した人々と実際に長時間にわたって会話を交わし、しばしば長期間にわたってかれらのなかで生活していたことには異論の余地がない」そのヨーロッパ人たちの報告によれば、「かれらはたがいにもてなし合い、助け合いをするため、すべての人間に必需品が供与されており、町や村に貧しい乞食はひとりもいない。フランスには貧しい乞食がたくさんいるという話を聞き及び、かれらはそれを悪辣きわまりないわれわれの慈愛の欠如とみなし、きびしく非難した」「ヨーロッパ人はつねに優位性を求めて争っていたが、北東部のウッドランド(北アメリカ)の社会は、たがいに自立した生活を保証していた。あるいは、すくなくとも男女がだれも他の人間に従属しないようにしていた」「ヨーロッパ人が五大湖地域のあちこちで遭遇した先住民の政治システムについても同じことが言える。そこではすべてが、誰の意思も別の人間の意思に服従することがないよう運営されていた」

(*3) 問題はまず食糧問題でしょう。気候変動は農業に大きな影響を与え、農業生産物が激減し、その奪い合いの戦争が起きる可能性もあります。農水省によれば、日本の食料自給率(カロリーベース)は38%だそうです。つまり、日本の食料は輸入に頼っているわけです。世界的に食糧がひっ迫して来れば、輸入などまったくできなくなり、多くの人が飢え死にすることになります。昆虫食などと言っている人がいますが、その昆虫がすでに激減し、昆虫の媒介で実を結ぶ多く植物が打撃を受け、食糧危機に拍車をかけることになります。また、海は温暖化による熱の九〇%以上を吸収しており、海水温の上昇は海中での食物連鎖を破壊し、海洋生物の生息地がどんどん消滅していると言われています。海水の酸性度も高まっています。それは過去に何度も起き、大量絶滅の主な原因になっています。最近(6,600万年前)起きた絶滅ではpH(水素イオン濃度)が0.25低下し、海洋生物の70%が絶滅したとのことです。このまま二酸化炭素の排出が続けば、今世紀末にpHは0.4低下すると言われています。際限のない廃棄物の環境内への放出、際限のない資源の消費、その結果としての環境破壊、これもいまの社会の仕組みが生み出したものです。



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