明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

古都の面影 奈良編(続々) (6)奈良の最初の夜

2016-04-10 20:00:45 | 歴史・旅行
(6)奈良の最初の夜

奈良は小さな町である。JR奈良駅を下りると駅前はガランとした広めの交差点になっていて、夜に到着するとまだ8時前だと言うのに真っ暗な闇が街灯に照らされていた。人通りもまばらな駅前をコーヒーショップの明かりが県庁所在地らしさをかすかに示している。やっと仕事を終えて大阪からやって来た私には、ちょっと拍子抜けのするお出迎えであった。1300年の古都、奈良は観光客にはよそよそしく冷たい町である。京都の駅前は余り美しいとは思えないが、それでも観光都市の大動脈としての機能は充分果たしているように見受けられる。しかし奈良は乗降客も少なく寂しい駅で、降りる人の数少ない影がポツリポツリと、電灯の明かりの下を足早に過ぎて闇の中に消えてゆく。僕は予約してあるホテルへの道筋を探して横断歩道を渡り、車を避けながらトボトボと歩いて行った。古都奈良へ初めて泊まる記念すべき夜は、一組のカップルと数人の仕事帰りのまばらな人影に紛れて、日常の生活空間と混じり合って行った。

目指すホテルはすぐに見つかった。駅から10分ぐらいのビジネスホテルである。チェックインして荷物を置いた後すぐに外へ出て散歩がてらコーヒーを飲みに行く。どこの町に行ってもこれは変わらない僕のルーティーンである。ホテルの前の通りをちょっと戻ると駅前広場に出た。ぶらぶらと散策し行き交う人の服装をチェックするが、夜のせいか人通りもなく女性のファッションも控えめである。用もなく歩いているのは僕ぐらいで皆そそくさと速足で通り過ぎてゆく。奈良は町歩きを楽しむ雰囲気では無いようだ。そういえば、ちょっと前に会社の取引先の人と奈良の良さについて話した時、その人の言うには「奈良の女の子は美人が多いですよ」だった。「ふーん」とその時は気の無い相槌を打っておいたが、いざ泊まり込みで奈良に来てみるとしっかり期待していて周りを眺め回している。「いやー言われるほど可愛くも無いなぁ」と正直に口に出した。

いくら奈良の女性が綺麗だと言っても、そこらへんにゾロゾロ歩いているはずも無い。どこの都市でも街中を歩き回っているのはブスと相場が決まっている。駅前のコーヒーショップに取り敢えず入ってアイスコーヒーを頼んだ。客は二人。窓際に席を取り、道行く人をガラス越しに眺めながらコーヒーを飲むのは暇つぶしにはなる。ポケットから文庫の古今集を取り出して頭から読んでみる。古都の古びた喫茶店で独り古今集を読む、なんてのが僕の余生の過ごし方、理想の生き方だと思っていたがやって見ると何の事はない。文庫本なぞどこで読んでも同じである。喫茶店がそもそも奈良の駅前にあるというだけで、都人の優雅な風情に溢れた会話が聞こえて来るわけではないし、レジ脇のトイレからいきなり紫式部が出てくるわけもないのである。古今集を早々にしまって、ホテルに帰って酒を飲んで寝た。

さすがに夜寝てみると、シーンとして全く都会の雑踏の音が感じられない。夜静かだと言うのは精神的に穏やかな人間を生むらしい。奈良県人は穏やかだと言うのはむべなるかな、である。しょうもない事をあれこれ考えているうちに寝てしまった。人間死ぬ時は心静かにしたいものである。「うるさいな!寝れないじゃないか!」なんて窓を開けて怒鳴っている夢を見ているうちに逝ってしまったら、死んでも死に切れない。奈良の夜は漆黒の中に沈んで、深い虚無の世界へと落ちていった。と思ったら2時ごろ目が覚めてトイレにいった。年をとって何が辛いと言うと、夜中にトイレに行くことである。前立腺肥大症だから市販のノコギリヤシどころでは如何ともし難く、去年から寝不足が続いているのだ。嫌なもんである。明日は市中の散策と洒落込んでみようかな。

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