並木たより

写真付き日記

GGWJ祈祷会

2022-05-04 23:11:23 | 国際ボランティア


あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている。
      (ヨハネによる福音書16章33節)

In the world you have tribulation;but be of good cheer, I have overcome the world.
    (John16:33)


昨2021年2月1日 ミャンマー国軍のクーデター勃発直後、アウンサン・スーチー女史の腹心であるウィン・テン氏は、マハトマ・ガンジーにならって非暴力・不服従の抵抗運動を提唱した。それは女史の長年の非暴力的抵抗戦略に沿ったものであった。こうして市民的不服従運動(CDM)が始まった。最初に勤務を拒否した医療専門家と教師たちが同調し、間もなく、労働組合、公務員、音楽や映画のスター、さらにLGBT(性的マイノリティ)グループ及び少数民族などが同調し急速に全国に拡大した。
国軍の内部には、CDMを断固取り締まるべきと主張する強硬派グループ(鷹派) とそれに反対する穏健派グループ(鳩派)の主導権争いがあったことは容易に推測できる。非暴力的市民が穏健派軍人と提携すれば、平和は容易に回復すると期待できた。その穏健派軍人(ティン・セイン等)を抑えるために、強硬派軍人(タン・シュエほか)は武力紛争の拡大を画策した。その方法は(1)CDMデモ隊が暴走する様に扇動する、さらに、(2)スパイをCDMデモ隊に潜入させ、暴動を誘発するなどである。
これらのタカ派の画策の結果として、非武装・非暴力で始まったCDMは当初の志を忘れ武器を使用した闘争に発展し、2021年9月7日、NUGの副大統領ドワ・ラシラーは武力闘争の開始を公に宣言した。PDF(国民防衛隊)が公認されてCDMが武力闘争に変質拡大したのは誠に残念なことであった。これで平和の回復ははるかに遠ざかってしまった。平和が暴力から生まれることは決してないのである。
同じことがウクライナにも当てはまると思う。誰もが平和がゼレンスキー大統領の健闘により達成されることを望んでいる。しかし、広島の平和運動家スティーブ・リーパー氏なら、ゼレンスキー大統領も「平和文化」人ではなく、ロシアのプーチン大統領と同様の「戦争文化」人であると言うに違いない。平和が暴力から生まれることはない。
 我が畏友カレン族の故メルビン牧師と彼の妻の故マリーナ助産師(共に昨年8月コロナで逝去)は真のピースメーカーであった。父親を殺害した日本人への報復心をキリストへの信仰により克服し、日本(横浜YMCA)の医療奉仕団の現地パートナーとなり、マリーナ夫人の尽力により、在住のイェジン村と隣接のピンマナ町からマラリヤを放逐した。彼らの努力の結果、首都ネピドーのヤンゴンからの遷都が可能となった。
「国民栄誉賞」にも値する働きをしたのに少数民族(カレン族)のキリスト教指導者であるため反体制派要注意人物とみなされ永く常時監視・軟禁状態に置かれて居た。
2010年に訪問した時に、夫妻は自分達の教会(イエジンバプテスト教会)の教会堂に軟禁され武装した二人の兵隊に監視されていた。しかし夫妻は監視兵たちを昼食に招き彼らの平安を祈り、食事を共にした。主イエスの教えの通り「敵を愛する」クリスチャンの姿を私は見た。祖父と父を殺した日本人を許し、ビルマ人の隣人からの日々の差別に耐え、迫害する兵士たちに愛と祝福を与える勇気はどこから来るのだろうか。勝利の君なる主イエスへの信従からその勇気と忍耐は来るのである。
彼らこそ真のピースメーカーであったと私は思う。 (完)