先日、夫が病院へ行ったばかりではあるが、私はしばらく行けなかったので、一緒にお見舞いに行くことに。
姑とこは入院してから1年半ほどになる。
まだ寒さの残る3月初旬、食事・水分を摂らず、サービス付高齢者住宅から、救急搬送されたのだ。
そのまま入院となり、しばらく点滴を受けるのみですっかり痩せこけ、現在に至る。
妄想があり、レビー小体型認知症かと診断され、薬を処方されていたが、
水すら「何か入れられている」といって受け付けず、ましてや薬はなにかと理由を付けて服用しない。
友人等が立て続けに亡くなっただの、施設に入所しただのと、寂しいニュースがあったため、落ち込んでいたのかもしれない。
「この水にも何か入れられている」「監視されている」というのは妄想であって、事実ではない。でも、水も飲むことができなくなって脱水症状となり、緊急搬送されてしまったのだ。
私が仕事を休んで付き添っていたら、防げていただろうか。
そう自問する日々であるが、現在、姑とこは病院で食事を摂れるようになってきたところだと聞いた。昼間訪れると、眠そうにしているのが常ではあるが、記憶が不鮮明というより、突飛な話をして、まるで「夢をみている」状態に近いのかもしれない。
友人がお見舞いに来てくれたけれど、その人もここに入院してきたのよ。というあり得ない話や、同室の患者さんの妹を死なせてしまったとか、妄想が続く。
今日は、夫婦そろって訪れたことの影響か、「来てくれたの、他のいいところに行ったらいいのに」と気遣いある発言が第一声だった。
前回は一口だけで「変な味だ」と飲むのを止めてしまったポカリスウェットを、今日は三分の一は飲んでくれた。サンジェルマンのパンも少量だけれど、食べてくれた。
相も変わらず、病院食以外を食べてはいけないという妄想中だったけれど、監視カメラはなくなったようで(もちろん、録画されていることはなく、食べられるならお好きなものを差し入れしてOKと言われている。以前はとこの主張によると、看護師さんに見られていなくても録画されているから、バレて後で叱られるという主張だったけど)、カーテンを引いて看護師さんから見えない状態のときに急ぎ口に入れるのだった。
夫が会話の端々に、笑いが堪えきれず(昔からそういう性分らしい)ニヤニヤしていると、姑とこは「なに笑ってるの、あなた方にはまだ分からないのよ」と気分を害した様子だった。
食事は食べていても、「靴を食べているような感じよ」と、食感、味覚が通常ではないことをうかがわせる。ただ否定してしまうのもどうかと思う。
私たちの帰りの時間を気にしてくれる とこ。
何もしてあげられないから、と気弱なことを言う。「もうこれまでにたくさんお世話になってるから、大丈夫よ」と伝える。
家に帰ろうよ、というと、不思議そうな、または「今更…」というような表情を浮かべたまま、無言になる。
食事をあらかた食べるようになったので、点滴をしない日が続いているようだ。
食べているといっても、腕も足もまだまだ骨と皮ばかりの細さ。
顔の色つやはとてもいいが、手元は血管が浮き、骨と骨の間は落ちくぼんでいるほど。「食べたいモノや必要なもの、あるの?」と尋ねても、「その気持ちがとても嬉しい」といったきり、あれこれ言わない。
帰るよ、というと、ベッドの上から手を振ってくれた。
夫と私は帰りの電車の中で眠ってしまうほど、どっと疲れを感じるのだった。
病室に行っただけなのにねぇ、と夫は言う。
本当にねぇ、と私も返す。
次は とこの好きなフルーツのゼリーを持って訪ねよう。
待っててね、とこ。
姑とこは入院してから1年半ほどになる。
まだ寒さの残る3月初旬、食事・水分を摂らず、サービス付高齢者住宅から、救急搬送されたのだ。
そのまま入院となり、しばらく点滴を受けるのみですっかり痩せこけ、現在に至る。
妄想があり、レビー小体型認知症かと診断され、薬を処方されていたが、
水すら「何か入れられている」といって受け付けず、ましてや薬はなにかと理由を付けて服用しない。
友人等が立て続けに亡くなっただの、施設に入所しただのと、寂しいニュースがあったため、落ち込んでいたのかもしれない。
「この水にも何か入れられている」「監視されている」というのは妄想であって、事実ではない。でも、水も飲むことができなくなって脱水症状となり、緊急搬送されてしまったのだ。
私が仕事を休んで付き添っていたら、防げていただろうか。
そう自問する日々であるが、現在、姑とこは病院で食事を摂れるようになってきたところだと聞いた。昼間訪れると、眠そうにしているのが常ではあるが、記憶が不鮮明というより、突飛な話をして、まるで「夢をみている」状態に近いのかもしれない。
友人がお見舞いに来てくれたけれど、その人もここに入院してきたのよ。というあり得ない話や、同室の患者さんの妹を死なせてしまったとか、妄想が続く。
今日は、夫婦そろって訪れたことの影響か、「来てくれたの、他のいいところに行ったらいいのに」と気遣いある発言が第一声だった。
前回は一口だけで「変な味だ」と飲むのを止めてしまったポカリスウェットを、今日は三分の一は飲んでくれた。サンジェルマンのパンも少量だけれど、食べてくれた。
相も変わらず、病院食以外を食べてはいけないという妄想中だったけれど、監視カメラはなくなったようで(もちろん、録画されていることはなく、食べられるならお好きなものを差し入れしてOKと言われている。以前はとこの主張によると、看護師さんに見られていなくても録画されているから、バレて後で叱られるという主張だったけど)、カーテンを引いて看護師さんから見えない状態のときに急ぎ口に入れるのだった。
夫が会話の端々に、笑いが堪えきれず(昔からそういう性分らしい)ニヤニヤしていると、姑とこは「なに笑ってるの、あなた方にはまだ分からないのよ」と気分を害した様子だった。
食事は食べていても、「靴を食べているような感じよ」と、食感、味覚が通常ではないことをうかがわせる。ただ否定してしまうのもどうかと思う。
私たちの帰りの時間を気にしてくれる とこ。
何もしてあげられないから、と気弱なことを言う。「もうこれまでにたくさんお世話になってるから、大丈夫よ」と伝える。
家に帰ろうよ、というと、不思議そうな、または「今更…」というような表情を浮かべたまま、無言になる。
食事をあらかた食べるようになったので、点滴をしない日が続いているようだ。
食べているといっても、腕も足もまだまだ骨と皮ばかりの細さ。
顔の色つやはとてもいいが、手元は血管が浮き、骨と骨の間は落ちくぼんでいるほど。「食べたいモノや必要なもの、あるの?」と尋ねても、「その気持ちがとても嬉しい」といったきり、あれこれ言わない。
帰るよ、というと、ベッドの上から手を振ってくれた。
夫と私は帰りの電車の中で眠ってしまうほど、どっと疲れを感じるのだった。
病室に行っただけなのにねぇ、と夫は言う。
本当にねぇ、と私も返す。
次は とこの好きなフルーツのゼリーを持って訪ねよう。
待っててね、とこ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます