1971年の半年間だけワンダーフォーゲル部(大学のサークル)に所属して山登りに明け暮れたことがある。
阿蘇の山々、九重連邦など一週間に一回はテントや食糧を担いで歩いていた。
日頃のトレーニングはキスリングに30kgくらいの石や砂を詰め込んで校舎の階段を昇降していた。
無銭旅行を!その体力気力が欲しかった。
異国での孤独や冒険に人生の価値を夢見ていた。
若い時は世捨ての心境だった。
単なるウツだったのかも知れないが、ニヒリズムを美化していた。
ニヒルな先輩が周りにいて、それがカッコイイと思っていた。
「つまらん!」ニッポンから脱走を試みていたのである。
ところが、ある日、突然、考えが変わった。
それは山登りの先輩の投身自殺からだった。
遺書には「学生運動に疲れた。さようなら。」と書かれていた。
内ゲバに巻き込まれ学生同士が殺し合いをしていた時代だった。
きっと、何処にも居場所がなくなり逃げ場所さえも見失っていたのだろう。
私は自殺によるエンドマークを嫌悪した。自分には出来ないことだと思った。
党利党略、セクトから逃げろ!命大切。
もっと魅力的な世界はある。
先輩の自殺により山登りの興味は失せ、音楽や小説、映画、演劇に傾いた。
エセと言われようが文化に開眼する。
こちらの方がキチガイ染みて人間的なパワーを感じたのだった。
エロスと暴力を口から泡を飛ばし主張するようになった。
ノンセクトラジカルは死語になっているだろうが、アングラ劇とは繋がっているでしょう。
阿蘇の山々、九重連邦など一週間に一回はテントや食糧を担いで歩いていた。
日頃のトレーニングはキスリングに30kgくらいの石や砂を詰め込んで校舎の階段を昇降していた。
無銭旅行を!その体力気力が欲しかった。
異国での孤独や冒険に人生の価値を夢見ていた。
若い時は世捨ての心境だった。
単なるウツだったのかも知れないが、ニヒリズムを美化していた。
ニヒルな先輩が周りにいて、それがカッコイイと思っていた。
「つまらん!」ニッポンから脱走を試みていたのである。
ところが、ある日、突然、考えが変わった。
それは山登りの先輩の投身自殺からだった。
遺書には「学生運動に疲れた。さようなら。」と書かれていた。
内ゲバに巻き込まれ学生同士が殺し合いをしていた時代だった。
きっと、何処にも居場所がなくなり逃げ場所さえも見失っていたのだろう。
私は自殺によるエンドマークを嫌悪した。自分には出来ないことだと思った。
党利党略、セクトから逃げろ!命大切。
もっと魅力的な世界はある。
先輩の自殺により山登りの興味は失せ、音楽や小説、映画、演劇に傾いた。
エセと言われようが文化に開眼する。
こちらの方がキチガイ染みて人間的なパワーを感じたのだった。
エロスと暴力を口から泡を飛ばし主張するようになった。
ノンセクトラジカルは死語になっているだろうが、アングラ劇とは繋がっているでしょう。